永遠の誓い

〜An oath of eternity〜



 「何か飲むか?」
上気した頬にそっと添えられた指。
先刻までその指に翻弄されていた事を思い出し、さらに頬の温度を上げる。
幾度この肌を重ねたのか。
(まだ、慣れない…)
こうして朝の光の中でユダを身近に感じる事が。 その香りに包まれる事に…
シンは、短く溜息を漏らした…

『…ぁ……もう……っ』
そう、懇願し、身の内のすべてでユダを感じる。 五感のすべてで、ユダを追う。
首筋に触れる、濡れた唇、
熱を帯びた肌を滑る指先、
押し当てられた昂りが、呼吸を乱す…
ユダの仕草すべてで、乱される…
突き上げる熱情にすべてを忘れて、ただ、今だけを想う。
夜の帳が、静かに降りる、この刻に…
『…シン……』
そっと耳元で囁く声音に、閉じた瞳を開ける。
間近の瑠璃色の瞳に自分が映っている、
滲んだ涙に自身が揺れる…切なさが込み上げる。

―誰にも渡したくない

暗い感情が、生まれる。

「独占欲」

―あなたを独り占めにしたい。

心に影が落ちる。

「嫉妬」

それは、天使が生を受けた瞬間、在り得なかった筈のエモーション。
それは抗えない感情。
強く、欲するモノ。

『…ユダ……あなたを、感じ…たい…』

求め縋った肢体が、確かな意図で絡みつく。互いの熱が交わり、上昇する、欲望…
歓喜の声が、行き先を求めて細い喉元を通り過ぎる…
ユダの濡れた口付けが、ひと音も逃すまいと深く、繋がる…
そして、シンの願いを叶えるべく、ユダが律動を繰り返す…
『…シ…ン……熱い…な……お前の…中…は……っ』
欲に濡れた瞳が、シンを捕らえる。
求め、高みへと駆け上る…
立てた爪先が、ユダの肩口を傷つける。噛み締めた唇から真紅の血が湧き出す。
『…堪えるな…お前の声が、聞きたい…』
恐ろしくも甘い言葉がシンを震わせる…
与えられる快感に心を飛ばす…ユダの羽根の上に…
呼吸をすることすら忘れ、追い続ける、色…
微かな水音と共にすべてが感覚だけの世界になる。
唯一の出口を求めて、もっと深くと…
だが、どんなに求め合ってもひとつには、なれない。焦燥感が二人を狂気させる。
『…シン………シン……っ…共に……っ』
『…んっ……あぁ……っ……ユダっ』
充足のその刹那、互いの魂が同じ色彩に、染まる……
天に向かい、手を伸ばしながら…


「溜息?…まだ、不満か…?」
微かな笑いと共にユダが尋ねる。
「……………っ……あなたは、意地悪だ…」
何を考えていたのかわかる、そう言いたげに笑いを噛み殺している。
知りませんと、ユダに背を向ける。
「何を怒っている?」
軽い笑い声を立て、ベッドを降りたユダがお茶の準備をしている気配がする。
(…敵いませんね…あなたには…)
もう、ユダの知らない自分などいないのではないかと思うほど、
ユダはシンの心情を言い当てた。
もしかしたら、シン自身でさえ気づかない自分さえも知っているのでは?と。
ユダに追いつきたいという願望は、いつも果敢なく散ってしまう。
追い求めても届かないモノを願うのは、天使も人も同じ、なのかもしれない。
いい加減この思考は、シンを落ち込ませるだけだと気づき、
気だるさに心を任せて、このまま眠ってしまおうと瞳を閉じる。
ふいに閉じた瞼の向こうの光が失われる。
「お茶が入ったぞ」
たぶん、自分を見下ろしているだろう、だが…
「……………」
無言の抵抗。
ユダは知っているのだろうか。
こうして共に朝を迎える事がシンにとって気恥ずかしく息苦しい時間だという事を。
それは、不快という意味ではない。
むしろ幸福が自分の上だけにあるようで落ち着かない。そういったところか。
シンゆえの奥ゆかしい感情なのである。睦みあった後の時間。
シンには未だどう過ごしていいのか、迷っていた。
「……シン……シン…」
「……いやです…」
「シン……目を開けてくれ……シン……」
駄々っ子をあやす様に何度も繰り返される、自身の名。
そっと語りかけるように、囁くように…自分だけが知っている、声。
心地よい、声音…このまま、瞳を閉じていたなら、
永遠に聞いている事が出来るのだろうか…
「…でも…それでは私のほうが…」
(…耐えられなくなりそうです…あなたの顔を見られないなんて…)
「お前の方がどうしたというんだ?」
ベッドの縁に腰掛け、上半身はまだ裸のままで、両手にカップを持っているユダ。
今度はその瞳を開けて、仰ぎ見る。
「…さぁ、冷めないうちに飲め。喉が渇いているはずだろう。
夕べ、あんなにも声を上げていたからな…」
「ユダっっ」
やはり、意地悪だと、思う。だが、それはシンだけが知る、ユダ。
六聖獣を束ねる長の秘所たる部分。
(わたしだけが知っているユダ…では、これで同罪、という事になるのでしょうか…)
「さぁ、お茶を…」
喉を潤したのは、ハーブティー。
そして、シンの心を潤したのは、ユダの愛撫。
唯一、シンだけに向けられた愛情。
窓の外で、小鳥の鳴き声がする。 朝の訪れを喜ぶように………


手にしたのは、束の間。
得られたのは、限られた時間。
移らない天界の季節の中で 時を止めて、
睦みあう時、 同じ時間は、無い。
ただ、刹那のみ。
それでも、求めずにはいられない。
互いの魂を共有し続ける限りは…
天使として生まれ、
天使として滅する運命だとしても
心だけは、人と同等の存在。
心を求めて、愛し合う
それだけの存在

「愛しているといってくれ、シン…その声で…」
「…幾度でも…あなたが求めるのなら…」
「あぁ…願いを請う、誓いを……」
「…愛しています…あなただけを」

「「……永遠に………」」


END