燔祭

〜Festival of a Sacrifice〜


 権力と強欲、
そして、恐れ…
すでに 囚われの身となった全知全能の神 ゼウス
その神気は失われた。
乱れ、歪んで行く天界を正すべく、六聖獣が結束する。
ふれ破りの罰を受け、重傷を負った六聖獣であったが、
天使ゆえの並外れた治癒力により、 その傷は解放に向かっていた。
すべてを拒み、神殿奥深く姿を隠したゼウス。
天使達は、聖戦の為に反旗を翻す。
そして、決戦前夜。

『…私に時間を……』

シンがその足を止める。
らしからぬ気弱な発言に皆、驚愕する。しかし、その心情を察するに余りある…
その上、シンの真摯な瞳にユダをはじめ、他の者達は頷くしかなかった。

『ユダ、事は急を要するが…皆の心が、揃わねばこの企みは成し得ないだろう。

決行は明朝とする』
ゴウもまた、封印された玉座の間を前にし、最後の決断をした。
ゼウス自らが張った結界の上から、六聖獣による結界を張り、その場を離れた。
未だ、灰色の雲に閉ざされた神の城は、幽然とその姿を横たえていた。

「無理を言って、すみません…」
「いや…」
「すみません…」
「…ふっ…さっきから謝ってばかりだな…」
「…えっ?…あぁ…すみま……あっ…」
ユダの頬に微笑が浮かぶ。
その笑顔にこれまでどれほど癒されてきたのか、シンは改めて思った。
この人が、愛しいと…
(…時間が無い…明日の朝、私達は…)
せねばならない事、天使が神に裁きを下す、それがどんな結果を生むのか、誰にもわかりはしない。
そんな危うい道を進もうとしている。
心は、決めたはずなのに、と、シンは戸惑ってた。
何が起ころうと前だけを見ようと…
なのに…
(…やはり…私は…あなたを失う事になるのではと…それが…怖い…っ)

――出逢った時から、惹かれていました…

ずっと、傍に居たいと願い…
そして、共に歩んできた道。
その何処にも想いはあったのです。
静かな想いが…
その想いが、熱情に変わるのに理由はいりませんでした…
注がれる視線に
肌に感じる温もりに
想いが生まれる…
初めて情を交わした日、
永遠を共にしようと、囁かれた…
わたしは…
あなたが、欲しかった…
そして、わたしをあなたに…差し上げたかった…
あなただけを想ってきました…
これからもずっと、あなたただけを想い続けます…
だけど…今は…

「シン……」
言葉を探せないまま、俯くシンの細い身体がユダの腕に絡めとられる。
驚き、見上げたユダの瞳が切なげに、歪められていた…
「…………っ」
「…そんな顔を…するな…」
言い放つユダの表情もまた、哀しみに縁取られている…
耳に流れ込む声は、心なしか震えていて…シンの心をも震わせる…
「…ユダ……すみま…あぁ…また…」
「…シン………」
ゆっくりと微笑み、ユダの瑠璃色の瞳を見返す。視界を滲ますモノを振り切るように首を横に振る…
「我侭を…言ったというのに…わたしは何を…したかったの…でしょうか…?」
きつくユダの背中に腕を回す…もう、それしか術が無いかのように…
「言葉は…いらない…お前の温もりだけで…わかる…お前が言わなければ俺が、皆に制止を申し出ていた…」
「…ユダ……?」
「俺も…時間が欲しかった…お前との『最後の時間』を…」
「………ありがとう…ございます…」

言葉が滲む涙に紛れる…
想いが、吐息と一緒に漏れ出す…
擁きあった恋人達の間に時間が失せる…
どちらからともなく、唇が重なる…
「……………ん…っ」
噛み付くような接吻が、シンを襲う。触れ合った場所から互いの想いが流れ込む。交じり合う…
(…何があっても恐れるな…)
(わたしは…あなたを…失いたくない…っ)
(お前の傍を離れはしない…)
(約束してください…わたしと共にあることを…)
(…お前と共にある…約束しよう…)
(…ユダ…わたしの…ユダ……)
ユダの指が、髪のリボンをほどく…
さらりと長い髪が、肩に落ちる…
指はそのまま、胸元を開いていく…ゆっくりとその体温を確かめるように…
僅かに覗いた肌に性急な唇が、紅い刻印を残していく…
そのひとつひとつがシンの身体の熱を呼び起こす…
ゼウスの責め苦によって醜く裂かれた皮膚も今は、薄っすらと紅い筋を残すのみ…
左肩から心の臓の上まで走る、紅い軌跡…露になったその傷跡をきつく、吸い上げる…ユダ…
「…あっ……」
背中を走った感覚に身の内が濡れていく…絶え間なく喉を通る声は、色を深め、震える…
「…許さない……お前の身体を傷つけた…アイツを………」
「ユ…ダ…?」
舌の先でなぞっていた傷跡に歯を立てる…
「………っ…」
「…俺のものだ…お前のすべて……ここも……ここ…も…」
衣をほどき、薄闇の中にシンの裸身が浮かぶ…そっと褥に横たわり、重なる…二つの肢体…
「見せてみろ…血の流れし虚のすべてを……俺が…癒す…お前のすべてを…」
楔の通りし、両の手、引き裂かれた左肩…茨の棘が残した螺旋の裂傷…
そのひとつひとつに唇を押し当て、癒しの力を送る…
触れた部分に温かい精気を感じる…優しく、触れる、温もり…今だけと求める温もり…
「…ぁ…………」
「…どうした…?」
「…い…え………」
シンの白い皮膚に朱が散る…自身の変化を悟られぬよう、身を捩る…
「…感じて…いるのか…?」
「……っ…い、いえ……わたしは……」
ユダの意図を伴った唇にシンの身体は素直すぎる反応を示していた。
ふいに、
「…お前が…欲しい…」
言葉を封じるように接吻を降らす…
首筋、胸元、朱を散らしながら、ユダの唇が下へ降りる…すでに形を変えた欲望を口腔に含む…
「……んっ……っっ」
羞恥に閉じようとした両脚を押しとどめ、さらに深く飲み込む…
強い刺激が、シンを襲う…意図しない声が、喉を突いて出る…
「…うっ……あぁ………っ」<
濡れた音が室内に響く…嬌声が呼応する…
閉ざされた空間が乱れる…何処までも淫靡に…
一際高い声が、ユダの耳に届いた時、見上げたシンは…きつく指を噛み締めている…
「…そこに俺の唇が欲しいのか…?」
噛跡のついた指に舌を這わす…
「……ぁ…」
糸が切れたように細い腕をユダの背に絡める…欲望を満たす為に…
もう、言葉はいらなかった…絡み合う視線が、互いが欲しているモノを想う…
撫で上げた昂りがさらに熱をもつ…ゆっくりと与える快感にシンは自ら下肢を開く…
「…お…願いです……ユ…ダ……」
懇願する瞳は、色に濡れ…求める…
ユダもまた、同じ色に染まり、己の熱を注ぎ込む為、シンの脚を抱え上げる…
そして、躊躇いもなく、秘所に舌を這わせる…上に下へと、何度も舐め上げる…
耐え切れない様でシンの腰が揺れる…

「…あ……ふ……んっ……」
ユダの唾液とシンの体液が混じりあい、シーツを濡らす…
絶え間なくシンを襲う快楽に爪先が伸びていく…下肢が欲を欲しがり、跳ねる…


濡れて、

揺れて……
刹那…
貫く、欲望……

「…………………っ!?」
押し広げられてゆく感覚が、喜びに変わる、その一瞬…
シンは両の脚をシンの背に絡める…もっと、奥まで…欲しい、と……

「…あ……熱い……っ」
ユダの声が、歓喜に濡れる…ゆっくりと律動を与え…自らも高めていく…

「…あ、あぁ……ユ、ダ………っ」
「…シ…ン……」

―今だけだと
もう、今だけなのだと
ひとつに融けたいと切望するのに
敵わぬ願いだと知っていても
このまま 交じり合って死ねたらと
涙が、頬を伝う
唇が、想いを吐き出す
切なる願いと共に

「さぁ、行こう、俺達の未来の為に」

生贄を
天の怒りを静める為の…
大いなる生贄を与えたまえ
神よ
お前の為に
今 六枚の白い翼を広げよう
すべては お前の為 に


天界に運命の朝が、訪れた……


END