「幻想に抱かれて」



「……はぁ……はぁぁ………くそぉっ!」

(…息が……切れる………)


「……なんで……なんで………!!」

(なんで、こんな事になったんだ!?…教えてくれよ!…千裕っ!!)



真夏のアスファルトの上を俺は、必死に自転車を漕いでいた。

とうに、全身の筋肉が、限界だと、悲鳴を挙げていたけど…

俺は―

それでも、自転車を漕ぐことをやめなかった…



*  *  *  



「…あっ……ぁあ………要…ちゃん……」

千裕の声が、俺の身体に絡み付いて……貪るように、口付けを求めた……

「…千…裕………もっと…聞かせて……千裕の……声…」

俺の言葉に恥ずかしそうに、身を捩る……

幼馴染の千裕とこういう関係になって、半年経つ……きっかけは、ささいな事で……

病気がちで外へ出れない千尋の白い首筋が、17歳の俺には、眩し過ぎて…

欲望を……抑えることが……出来なかった…

色の薄い唇は、女のソレより、俺を誘った……

躊躇いがちに唇を重ねると…思いがけず、千裕は、俺に…答えてくれた…





…最初の夜……



俺は、めちゃくちゃに千裕を、抱いた……

千裕の何もかもが…俺の感覚を刺激して……!

時間を忘れた…自分のしている事さえ……みんな……



*  *  *



「やぁ、要くん、来てたんだね?」

部活の帰り…無性に千裕に会いたくなって、裏から離れへと回った時…

千裕の義兄……琢磨に声を掛けられた……

(……こいつ……!)

涼しい顔で俺に挨拶しやがった琢磨の顔をぶん殴ってやりたい気持ちを抑え、こっちも社交辞令を返した。

「…お邪魔しま〜ス………」

俺の間の抜けた挨拶に少し、険しくなった瞳をこっちに向け、フッ…と、口元だけで、笑った気がした…

「…ゆっくり、してってね?」

琢磨の額に浮かんだ汗と、左手に握られた、草刈鎌が、鈍く、光った…

逢魔が時……



* * *



一度だけ…千裕は、俺の腕の中で……こいつの名前を…呼んだ…



『…あっ……!やめ……琢…磨……さ…ん……』



微かに…だけど、確かに千裕は言ったんだ…



『琢磨さん』



……あいつが…琢磨が、千裕に……そういう事をしてるんだ……

俺は、直感した……

千裕の左肩の赤い痣…生まれつきのモンだって、千裕が、初めて素肌を見せた夜…そう、聞いた…

夏でも長袖を着ていた理由を聞いた、そう、思っていたのに……

……それは、違ったんだ……

千裕は、その痣をきつく吸うと、高い声を上げて……身悶えする……



『……要…ちゃん……そこ……だけは……あうっ!……やめ……っ!』



そこが…あいつのイイとこなんだって……俺は、何度も……吸い上げた……

でも決まって……そん時の千裕は、俺じゃない……誰かを……あいつを…見ていたんだ…



*       * *    



「………千裕……?……こっちへ……」

「…はい」

朔の夜……

琢磨が、千裕の肩口に…顔を埋めていた……

千裕に触れているのは…琢磨の唇だけで………

なのに………千裕の顔は……

そう……たぶん………熱を帯びた瞳で、琢磨を見ているんだろう…

俺が、良く知っている……あの瞳で………!!



***



夏の日差しが、容赦なく、俺から、水分を奪っていく…

乾ききった喉は、呼吸さえも、拒否、していた……

俺は……ふいに、おかしくなった……

笑いが込み上げて……

大声で……笑った……

俺は、どうして、こんな思いまでして、自転車を漕いでいるんだ?

…千裕は……俺に抱かれてはいたけど…

俺を……好きだとは…言ったことは、なかった……

だったら、俺たちの関係って?

……ああ、なんなんだろう……

おかしいや……

千裕は、恋したヤツの所に行ったんじゃないか……

事故であっけなく、逝っちまった、アイツのとこへ…

…俺が……どんなに…急いだって……もう……千裕は……いない…のに……

何処を探したって……いないのに……

バカだな……俺……今頃……気づくなんて………

視界がぼやけて来たのは、酸欠だけのせいじゃないみたいだ……

俺は……俺は……




「…クッ……!!……千裕――――――っ!!」




END