「春の宵」



「おや?三蔵…?」
八戒は抱えた紙袋を卓に置き、部屋を見回した。 出掛ける前に座っていたソファの温もりを確かめる。
「………ふぅ……」
クッションがひとつ、無くなっている。
開け放したままの窓から、春の風が忍び込んできた。
ここ二、三日の陽気で満開の川向こうの桜並木。
ささやかな風にも零れ落ちる、薄桃色の花びら……

「……風邪、ひいちゃいますよ…」
窓を閉じ、壁の上着を羽織る。
開いた扉に続く、先……
荒削りの丸太で作った橋を渡り、桜の根を渡り次ぎ、進める歩…

「……三蔵…?」
二本の桜が絡み合うように立つ根元に我が物顔で、横たわる、金糸の髪を持つ、男……
今は、閉じられた瞳を覆う瞼に落ちる緑の影……
それは、禁域に迷い込んだ罪にも似た感情に犯される、間……
薄く開かれた唇から漏れる息を絡め取るべく、ゆっくりと、寄せる、自身の唇…
… そして、間近の紫暗……

「……おい…」
「人が悪いですねぇ……」
「…ふん………黙っていたら何されるか、わかったもんじゃねぇ……」
「…あれぇ?信用、無いんですねぇ……でも……」
再び閉じられた瞼の上にキスをひとつ、落とす。
「……んっ……!」
「油断大敵、です……」
「…………………」
柔らかく微笑む三蔵の唇が、『…来い』と形作る……

引き寄せた身体は、互いの熱を求め始めた……



散る花びらに想いを乗せて

積もる色

すべてを覆い尽くすまで

あなたに降りそそぐ

幾年の季節を越えて…

End