階段に残る影



痛てぇ……思いっきり、殴りやがって…人の身体でさんざ、遊んだくせに1万しか持ってねぇだと?…馬鹿にすんじゃねってんだ!!…っても、逆ギレされてボコボコにされてちゃ、ただ、の負け犬の遠吠えかぁ?
俺、一条祐次21歳、いや、先月22になったな……自慢じゃねぇけど、
この商売を始めて半年でTOPにまでなったっていうのによぉ…あのスケベ親父っ!!商売道具のこの顔をっ!!はぁぁ……痛てぇんだよぉ……
「なぁ……何してんの?」
自己反省を施行しながら、冷たいコンクリートの布団の上で伸びていた俺に声をかけてきたのは、天然記念物、って言っていいほどの純粋培養の風貌をしたチビだった。キチンとアイロンのかかったシャツ。サラサラキラキラの髪、覗き込んでいる真っ黒な瞳には星さえ、浮かんでいそうだ。そんなヤツが、なんでこんな時間にこんなトコにいるのかなんて、考える間もなく、チビは俺の唇を舐めた…
「お、おいっ!何してんだっ!??」
あっけに取られてる俺の顔を更に近くから見下ろすチビ助…
「だって、血、出てるから。怪我したときは、これが一番!」
……だってよ……ったく、驚かせんなよ……もしかして、こいつ、バカ…?見ず知らずの男の唇を舐めるなんて……あん??って、なんで俺、ドキドキしてんだ…?調子狂うヤツだなぁ…ま、松葉杖代わりにはなりそうだな…
「…とりあえず、手、貸せ…」
自分じゃどうにもならない身体を抱えて、このまま、野宿かと考えていた俺は、この際未成年条例は無視する事にした。しきりに大丈夫かと繰り返すチビに無視決め込んで、必要最低限度の事は、喋らなかった。とより、口の中をだいぶ切っていたから、話すことがおくっくうでもあったんだが…

「……ここ…?」
自分より30センチは高い俺を支えながら俺が指し示したマンションを馬鹿みてぇな顔で見上げてる。だよな…道端でボロボロになっていたヤツがこんな億ションに住んでるなんてよ……ま、大人には大人の事情ってのが、あるんだ。そこんとこ、よく勉強しな?
それからチビ助は、部屋に着くまで別世界に来たみたいだ!と、子犬みたいにはしゃいでいた。
「……悪りぃな……助かったぜ……」
どうせ行きずりのヤツだ適当な事を言って帰しちまおうと、高をくくっていた……身体は汚れていたが、シャワーを浴びる気にもならず、そのまま、ベッドに倒れこんだ。相変わらずチビは、俺にまとわり付いていたが、喰っちまうには、俺の守備範囲外。って、こんな様じゃ、まともなサービスはしてやれそうも無いけどな。
あんた、なんて名前?
どうして、あんトコで倒れてたの?
このすっげーマンション、あんたの?
矢継ぎ早の質問に丁寧に答える…気はサラサラ無い、ありがとなと、礼を言って帰した筈、だった…
「おはよう、目が覚めた?傷、痛まない??」
「………………」
って、ここ、俺の部屋、だよな……こいつ…誰??俺のベッドの端にちょこんと腰掛けて、天使の微笑みを浮かべている、こいつは…
「あ゛っ………」
思い出した……夕べ、客にボロクソにされて、こいつにここまで、運んでもらって…あれ?その後の記憶が、無い……
「で、なんでお前、ここにいんの??」
「なんで…って……お兄さんが、行かないでくれって言ったんじゃないかぁ…忘れた、の?」
って…俺、そんな女々しい事、言ったわけ??
「…怪我、ひどかったし、熱も出てきたから…僕……心配で……だから……」
…おいおい!その目に溜めているモンはなんだぁ〜〜!?キラキラ光線、発射すんなぁ〜〜〜!!
「わかった……わかったから…泣くな……男だろ??」
「……う…ん………」
鳴上竣、17歳。星陵高校1年。そんなチビ助の身上書を聞かされ、
俺は、改めて未成年略取の罪状が頭に浮かんだ。不可抗力とはいえ、無断外泊をさせてしまったんだからな…
「おい、自宅の電話番号、教えろ…」
「なんで?」
「お家の人が、心配してんだろーが。俺から謝罪、入れてやるよ」
「……………」
「おい…」
竣のその沈黙が、俺にいやな予感を感じさせた。
「……必要ないよ……俺、家、無いし……」
「……あ…」
やっぱ……家出少年かよ………だよな…あんな場所にあんな時間、いたんだからな……
「でもよ、お前もこのままここにいる訳には、いかねぇだろ?何があったか知らねぇけど、家、帰ったほうがいいぜ?やりたい事があんなら、あと1年待ちさえすれば……」
俺は、ガラじゃない説教をし始めたが、それを最後まで言わせず、竣が叫んだ。
「………勝手な事、言うなよ!!」
汚れなんて、ご存知ありません、っていうくらいの綺麗な瞳に涙を浮かべて、
激怒する竣は俺が今まで見た、どんな人間より、神々しかった……
「…な、なんだよ……」
それから、大泣きし始めた竣を抱き締めたまま、俺は、何にも言えなくなってしまった。こいつの涙を止めてやりたい、そんなかわいい事ばっかしか、考えられなくて、俺達はいつまでも、抱き合っていた。
ま、こんな出会いもあって、いいのかな?貸してもらったこいつの肩、以外と温かかったしな……
「……祐次……ティッシュ……」
俺は、涙と鼻水で濡れた唇にそっと、キス、した……



END