「神無ノ鳥」〜そこにある、真実〜



…何故、イカルは、下界へ…人間と係わりを持とうとするのだ?
俺には、それが、どうにも理解出来ない…そう、俺の本質の部分が、否定し続けている。しかし…表面に現れる感情…が、俺の行動の不可解さをもたらしている…これは……感情というモノ、なのか……?…我ら、神無ノ鳥には、感情など…必要無いというのに…


「神無ノ鳥」
人間の魂を彼岸へと送る者。それが、イカルとレンジャクの存在理由だった。鳥の形をしているという人間の魂…死期が、近づくとその魂の翼を赤く、染めるという…そして、今、絡み続ける輪廻の糸が、再び、二人を底の見えない暗闇に誘おうとしていた…

「…レンジャク……」
「イカルか…?」
「次の仕事が、決まったと、聞いたのだが…」
「ああ……1週間後、飛び降り自殺だ……」
…ここにいるのは、紛れもない、イカル
しかし、「イカル」では、無い者…
あの日……そう、「イカル」が、最後の任務を完遂出来なかった、あの日…
「神無ノ鳥」である「イカル」から、魂だけが、彼岸へと、旅立ったのだ。
「神無ノ鳥」の中に宿っていた「魂」何故、「神無ノ鳥」に魂が、宿っていたのか…『あの方』は、最後まで、教えては、くれなかった…何故なら『あの方』もイカルの魂と共に彼岸へと旅立ってしまったからだ…そして、2人の魂の色は、赤かった…と、言う…そして、今は、もう、あの方に抱かれることは…無くなった……
「…レンジャク…?」
感情の無い瞳で、イカルが、俺を覗き込んでいる…
間近に見る、イカルの顔は…あの夜のイカルを…思い出させる…たった一度、肌を合わせた夜…共に下界へ逃げたい…そう、思っていた…なのに……あいつは……
「…すまない…ちょっと、昔を…思い出していた…」
「……また、昔の俺か?」
この時……少しだけ、瞳が悲しげに見えたのは、見間違いか…?
「…イカル……どうしたのだ?何故、俺から、瞳を逸らす?」
「…わからない…何故だか……今のレンジャクを…見ていたくは無い、そう、思ったのだ…」
「……イカル…」

…そして、俺たちは、『常闇の間』をあとにした。

何百…何千と繰り返してきた「魂」の回収。そして、これもまた、その中のひとつに過ぎないと、そう、思っていた……

命を受けた一週間後……
魂の回収相手を見て、俺は、わかった…それが「イカル」の「魂」なのだと…
なんと、皮肉な事か……
俺は、イカルが課せられた命令と同じことを命ぜられたのだ……あの方の…残留思念が、そう、させたのか……それともただ、の偶然、か…しかし…それと同時に、俺の心は、喜びに打ち震えた…この魂を今のイカルに入れることが、出来れば…「イカル」は、俺の事を思い出してくれる……あの夜の睦事を…
俺は、もう一度、あの日のイカルに…逢えるの…か…?

そして、瞬く間に一週間が過ぎた……
「イカル…時間だ……出掛けるぞ…」
本来、「魂」の回収は、独りで行う。
しかし、今回に限って俺は、イカルに協力を募った。なんの衒いも無く、イカルは、合意してくれた…俺の本意を知らずに…それが……俺の判断を曇らせていたのか……あんな結果に…なるとは…
「レンジャク…何か、嬉しい事があったのか?」
「…いや……何故だ?」
「…ああ……レンジャクが……そんな表情をしていた、と思ったのだ」
「そう……か……」
夕闇の空を並んで滑空しながら、見やったイカルは、その片頬を紅く染め、物悲しい表情に見えた…
(…まさかな……このイカルには、感情は…無い筈……)

―とある雑居ビルの屋上、まさに、一人の青年が、飛び降りようとしていた。その時の俺の表情は……嬉々と、していた…そう、後で言われた……コンクリートに叩きつけられた身体は、醜く崩れ、一面を血液で、赤く……染めていた……俺は、右手を魂を捉える時の、ソレ、に変化をさせ…ためらいもなく、最後の生に喘いでいる青年の腹を裂いた……真紅の…血のように紅い羽を持つ、魂が、俺の手に捕えられる…
刹那…
その魂が、俺の温もりを確かめるように…羽ばたくことをやめた…
「…イカル……お前……なのだな……」
俺は、両の瞳が、熱くなるのを感じた。
「…その瞳の中から溢れる、透明の液体は、なんだ…?」
魂の回収を終えても立ち上がらぬ、俺の顔を覗き込んだ「イカル」が、問う。
「…透明な……?……ああ、俺は…泣いていたのか……」
「……………………」
目の前の様子を理解できず、ただ、立ち尽くすだけの「イカル」そして、急かすように自ら、空へと飛び上がったのだ。

「…来い、レンジャク」
「…ああ…………」
空を切りながら、両の手で紅い魂を抱き続けた俺…その横顔を正視出来なかった…と、「イカル」が、言っていた…

……ああ……イカ…ル……お前が、戻ってくる事を……俺は……ずっと、待っていたのだ……お前のその肌に、再び、触れる為に……うっ…あぁ……イカル……イカル……お前を……もっと……感じたい……

閨に響いた自身の濡れた声…続き間から、鳥の羽ばたきの音がする…

「…魂の回収に……失敗した……だと?」
『常闇の間』に響く、低い声…血で染まった右手のまま、俺は、任務失敗の報告をしていた。
「……お前……らしくもない…な……」
「…はい……申し訳ありません……」
「……では……わかって、おろうな……そなたの…処分は……」
「はい、わかって…おります……」
『常闇の間』の声の主は、その触手を静かに、こちらへと…伸ばした…

…夢……か…いや…現実か……閨の間で、目覚め、まだ、鈍く痛む右腹に手を当てた…
「任務の失敗」
それは、自信の精気を『常闇の間』に与える事。そうすることによって「神無ノ鳥」としての寿命が、縮まる。しかし、そんな危険を犯してまでも、手にしたイカルの魂を離したく無かった。
「……イカル……もうすぐ、お前に逢えるのだな……」
…コンコン
扉の叩く音だ。「イカル」だ。事前に俺が、呼んでいたのだ。言霊で扉の鍵を外す。ゆっくりとした足音が、部屋に響く。
「…何か、用なのか?」
相変わらずの感情の無い声で「イカル」が、問う。
「…用が、あるから、呼んだ」
溢れそうな感情を冷淡な口調の影に隠し、壷の中から、今だ、紅い羽のままのイカルの魂を取り出した。
「…レンジャク……それは……」
色の無い「イカル」の瞳が、一瞬…色彩を取り戻したように見えたのは、錯覚、だったのか…不意に、そう、突然に…「イカル」は、俺の手から、その魂を…奪った…
「……………!?イカルっ!?返し……!!」
止める間も無く、「イカル」は、その魂を……握りつぶしてしまっ…た……声が……出無かった……何が、起こったのかさえ、理解できなかった。目の前で、薄れていく、イカルの魂……消え去った魂は、転生することは……無い……
「……命令違反、だぞ…」
抑揚の無い声が、俺を責めたてる……
「…何を……何をしたのだ……お前は……」
膝が、ガクガク揺れ、立つことさえ、ままならぬまま…揺らめく視界が、平衡感覚さえ、奪っていく、そのまま…………床に、座り込んで…しまった……
「……イカル……イカル………イカ…ル……やっと、お前に……お前…………にっ!」
「俺は、ここにいる!」
強い口調が、頭上から降ってくる……
「…イカ…ル……?」
それは、ふいで………
知らずに流した涙が、頬を流れ、顎を伝い、石の床を濡らしていたことにも気づかなかった、俺に与えられたのは
『抱擁』
あの夜、感じた……忘れることなど出来なかった、唯一の温もり……
「……イカ………どう……?」
疑問を投げかける唇は「イカル」の唇に塞がれ、空を掴んだ腕は「イカル」の腕に戒められた。
「……今の……俺を……見ろ…」
息苦しいのか…?…切れ切れの声が、俺の耳を犯す……
……ああ、イカル……お前は、そこに……いたんだな……

色を取り戻したイカルを掻き抱き、身体も折れよと抱きしめて欲しいと懇願する…ただ、ひたすら、イカルの温もりを欲した………すべてのモノが、溶け合う瞬間、そのうねりに身を任せた。欲していたモノ、ここのある待っていた…望んでいたモノが、手の中にある……それだけで、充足感に高ぶる欲望を覚えた…
「……イカ…ル……俺を……抱いてくれ……あの日の…ように……」
確かなものは、触れている温もり。耳元で囁く、掠れた声。絡みつくその言葉が、否応無く、俺を高みへと上り詰めさせる…
「……あっああ……イカ…ル………あうっ……!……あぁぁぁ…」
性急すぎる愛撫にも、もどかしく、自ら身体を開いた…
「…お前が……欲しい……お前で、俺を……満たしてく…れ………っ!」
その言葉に、確かに色を取り戻したイカルが、強く、頷く。下肢に絡みつくズボンを脱ぎ捨て、イカルが双脚の間に身体を進めてくる…
「……レンジャク……俺は……レンジャクに……逢いたか…った……!」
背筋を駆け登る快感に焦れる肢体を強く、イカルに押し付ける…十分に濡れた俺の後蕾にイカル自信のモノを一気に付き立てられ……
「…あうっ!!…あぁぁ……イカ…ル……もっと……もっと………あぁぁ………っ!!」
堪えようとしても、もはや、堪えきれない、喘ぎ声が、間断無く、自分の喉から発せられる…気の遠くなるような時間、求め続けた温もりに、我を無くしていった……その、優しい、囁きと、共に………

……イカル……本当に、お前、なのだな……

………レンジャクには、どう、見えてるんだ?……

…お前……だな……

…そうだよ……俺だよ……イカルだよ?……ゴメンな……

……何がだ?

…随分、待たせちまったみてーだから…さ……

……いや………一瞬……だったよ………

…レンジャク……

……イカル……もう、何処へも、行くな………俺の……側に……

…うん……わかったよ……レンジャク……

END