刻の温度



「あれ?」
ふと、読みかけの本から瞳を上げると、ソファに凭れたまま、寝入っている三蔵が目に入る。
「…ったく…だから、早く寝なさいって…」
不承不承、立ち上がり、毛布を取りに寝室へ向かう。 扉を開けると、冷たい空気が、流れ込む。
「…ふう……だいぶ、冷えてきましたね」
八戒は、ついでに、寝室の暖房も入れる。

あれから――― 何度目の冬だろうと、改めて八戒は、想う。

『ここにいたかったら…好きにすればいい…』

滅多に聞けない三蔵の言葉に、嬉々として居座ったこの部屋。 今では、二人が一緒にいるのが、当たり前…に思えた。
「…あんな時間を過ごしたのに…」
牛魔王討伐。 洒落にもならない時間を三蔵と共に過ごした。 その先にこんな時間が待っているとは、考えもせずに……
「まさか、生き残るとは思ってませんでしたよ」
あの日…… 消えてしまう筈だった自分。 拾った命ならと、旅を続けた。
「以外と強かったんですねぇ、僕ら…」
何故か、込み上げる笑い。 自分が今でも生きている事への嘲笑なのか?
「あっと!!毛布、毛布…」
詮の無い考えを消し、三蔵の元へ戻る。 規則正しい呼気が、胸を上下させている。 剥き出しの額が、八戒を誘っているようにも見える。
「…クスっ…最高僧のこんな無防備な寝顔を見れるなんて僕だけ、でしょうねぇ〜」
唇が、 何か形作ったように見え、八戒は、その長い指をそこに押し当てた。
「…やだなぁ…僕の夢を見ているんですか?」
勝手な思い込みだと思っていても、 自己満足だとしても
「僕は…あなたの隣が、いいんです…」
外は、キンとした冷たい温度。 いつの間にか降り出した雪が、 雑多な音を消し去る。 優しい寝息と 鼓動だけ。 八戒は、本を手に三蔵の隣に座る。
「…もう少し、このままで……」
再び、本の中に想いを沈める。 触れて、 混じり合った体温が、 至福の時間を紡ぐ。 夜の闇が、二人を包み、 接吻する。 曇り硝子の向こうは、冬。



「……重い…」
「…え……?」
――確か、僕は、本を読んでいたはず……れ??
いつの間にか、眠ってしまっていたのだろう。
八戒は、間近に紫暗の瞳を見つけ、驚く。
「…えっ……と………何、か??」
見つけた瞳は、静かな怒りの、こもった視線で……
「…てめぇは……寝込みを襲う趣味も、あったのか?」
「…へっ??ええっ!?」
瞳が間近にあったのは、八戒が、三蔵を組み敷いていた為。
「……どけろ…」
「…あっ……はははは、そんな、つもりは……」
無かった、とは、言えない気もしてきたのは……
「…どいても…いいですか?」
「………ああ」
「…ホントに?」
「…しつこい!…いいと言ったら……いい……」
「…嘘つき………」
「なっ!?」 八戒は先ほどから感じていた熱いモノを撫であげた。
「…………!?」
「……ね?…よく無いでしょう?」
「勝手言ってやがれっ……!」
瞬時に顔を赤く染めた三蔵に軽い口付けをし、問う。
「そろそろ、ベッドへ行きませんか?寝室も暖まったと思いますし…」
「……ああ」
顔は、背けたまま、同意する、三蔵。

「あっ!」
「な、なんだ…?」
「部屋、暑くしすぎたかも、しれませんねぇ…汗、かいちゃいます…」
「……………!?……てめぇ……いっぺん、死ね……!」
「……丁重にお断りいたします」
そう、頭を下げた八戒を溜息で受け入れ、 身体を開いていく…
消えた音が、再び、聞こえ出す。
歓喜の声として。
閉じたカーテンの向こうで、降り続ける雪。
すべてを覆い隠すように、降り続ける雪。
求め、 求め続けて、 充足する、その瞬間、

「……だめです…そんなに強く、指を噛んじゃ……」

「……ふっ………!…あっ……あぁぁ………!」

「……もっと……聞かせてください……あなたの声を…」




――僕を欲しがる、あなたの声を





窓の外は、冬。

夜の闇に沈んだ、冬が、あった。



END