くすり指の想い出



「…えっと…ガムテープ、何処だ…?」
今日は、朝から引越しの準備をしている。マンションは1年契約だったので、契約更新時期にあわせてもっと便利な場所に引っ越そうと…っと、いちおー俺も大学合格して、なんとか架月と一緒に暮らせるようになった。ま、架月と同じ大学、なんて無謀な希望を持ったんだけど、努力の甲斐も無く…妥協案として、架月の通っている大学と同じ方向にある大学をと、俺なりの精一杯。
ここは、架月の大学には近いんだけど、俺の大学には乗り換えがある場所で…
『帰りが遅い。何してんだ』
最近、これが架月の口癖になっちまって…そしたら…いきなり「引越し」
「…やることが、いちいち恥ずかしいんだよなぁ…」
「…渉…口動かすより、手を動かせ」
架月の地獄耳っ。
「っと、あぶね」
何だよ、このやたらに重い本は…ん?何か落ちた…
「写真…?」
…これ、俺だ…って、俺、架月に写真なんて渡した覚えねぇぞ。花鈴か?その前にこんな写真、撮った覚えが…
「渉、さっきから何、サボってんだよ」
「………ん……ちょっといいもん、みっけたから」
「っ……それ…」
「架月…俺の写真、持ってたんだぁ」
「いや…それは…」
「なんだよ…架月って以外とロマンチスト?こっそり俺を隠し撮りするなんてさ。言ってくれれば写真なんていくらでも撮らせてやったのに」
「だから…違う…」
「違うってなんだよ、だって、これ、俺じゃん。俺の写真なんて好き好んで持つのは架月しか…」
「…ったく…そんな場所に隠してたのなんて、忘れてた」
「隠す…?」
「…ああ…それ、盗んだ写真だからな…」
な、なんだよ…それ…

それから、架月はとっても言いにくそうに隠し撮り写真の事を話し始めた。

『…ふぁぁぁ…ねむ…ぃ』
…留守番なんて引き受けるんじゃなかったな…ま、いいか…どうせ、自宅に帰ってもする事も無いし……なんか、暇つぶしになるもんは…
『…アルバム?ああ、広報部の撮ったヤツだな』
どうせ、俺の写真だらけだろうけどな…
『ふぅん…なかなか、いい構図ばかりじゃないか…っとこっちは、この前発行した学校誌の表紙か……』
しかし…隠し撮りっぽいのも多いな…ん?これなんか、俺の体育の授業…?なんだよ…1枚300円ってのは…あいつら…人の写真で部費、稼いでるな…確か、何人か、写真部のヤツが兼任していたからな…ま、予想通り…俺の写真がだんとつ……こっからは、去年の文化祭の写真か…
『……っ…この写真……』

「…そうだよ…指輪の持ち主が写っていた写真だ…」
「……あ」
そういえば…指輪を拾ってから2〜3日後に文化祭のスナップ写真の中に俺が写っていたって…
「…な、なんだよ…それ、生徒会の物じゃなかったのかよ…」
「だから…盗んだ、ってさっきも言っただろ…」
架月…よっぽど決まりが悪いんだろうな…視線が泳いでるよ…なんだか…
「何…笑ってんだよ…」
「なぁ〜んでもないよっ」
アルバムの中から俺の写真だけ、こっそり抜き取っている架月の姿を想像したら…
「それにしてもさ、もっとカッコよく写った写真、なかったのかよ。机に頬杖ついて、こんな仏頂面してるんじゃなくってさ…」
「贅沢言うなよ…その写真が無かったら、俺達、出会って無かったんだぜ?」
「あ……」
そうだ…架月が指輪を拾ったのは偶然なんだ。落とし物の指輪の持ち主が見つかるなんて盗難届けでも出さなきゃなんない高価なものならまだしも…何処にでもあるような銀の指輪が…持ち主の帰ってくる可能性なんて…
「…じゃあ、この写真は、恋のキューピット、ってわけだ」
「キューピットってな…よく、そんな恥ずかしい言葉、言えるな」
「泥棒にそんな事言われる覚えも、無いねぇ」
「…そんな…嬉しそうな顔、するな…」
「そうかぁ?いいじゃん、どんな顔しててもさ。なんだか、とっても…嬉しいんだ…」
「だめだ…俺が、惚れた顔だ。俺が好きにさせてもらう」
…なんだよ…さっきの所在無さは何処にいったんだよ。すっかり元の架月だ。

「あの頃、指輪が流行っていただろう?正直、馬鹿馬鹿しいって思っていたんだ。そんなに自分のプライベートを自慢したいのかと。恋人がいるかいないかで自分を評価してもらおうなんてな」
「架月…」
「だけど…お前に出逢って、わかった。自分を自慢したい訳じゃない。心を分け合う人がいるということがどんなに誇らしいものか」
「……………」
「だから、掛け値なしに自然と『形』ってものを求めてしまうんだろうな」
「…形?でもさ、好きあっているんなら、形なんていらないだろう?」
「まだ、若かったからな」
「若いって…今でも若いだろ」
「まあな…それでも形が欲しいんだよ、形のない想いってものに触れられる指輪って形に想いを込めて、さ…」
…指輪…あの日から俺の薬指に存在している想い。大事な、俺の想い…そして、きっとずっと変わることのない想い。こんな気持ちを与えてくれた架月に感謝してる。
「だけど、言ってやんねぇ」
「…?なんだよ、いきなり攻撃態勢になってんじゃねぇよ」
そっと触れてきた指先から、夏の匂いがした…
「なぁ、架月…」
「ん…?」
「お前ってホント、物好きだったんだなぁ」
「…自分を珍獣扱いする気か?」
「いや…たまには、物好きもいいかなって思っただけ」
「…変なヤツ」
まだ、照れくさいのか、こっちを見ようとしない架月。でも、俺も大概、天邪鬼だよな。
こんなに架月が大好きなのに憎まれ口ばっかりきいてさ…あれ?もしかして…
「…似てきた?」
「…おい…大丈夫か?暑気あたりにはまだ、早いぞ」
やっと架月が振り向く。心配そうに、おデコに手を当ててくる。
「なぁ…ちょっと休憩しようよ…」
「…渉……」
「架月が悪い…」
「はいはい、今日は、俺、悪者だからな…」
「……うんっ」
窓から差し込む光はまだ、明るいけど、感じたくなったんだ…架月の指先を…
二人の想いに包まれたくなったんだ…
「…大好きだよ……」
「…わかってる…」

END