「 共 犯 」



「…八戒……生きてる、か?」
三蔵が言葉を投げかけた先。
白濁した樹木の向こう。
名残雪の降った翌朝、二人は、襲撃を受けた。 窓から投げ込まれた爆薬は、見事に居間の壁を吹っ飛ばしてくれた。 飛び出した外は、一面の霧。 己の手も見えない有様。 なのに、敵は触覚でも付いているのか、二人の場所を的確に攻撃してくる。 寸でのところでかわしながらの防御一方では、体力を削るのみ。 さすがの三蔵の息もあがり始めていた。

「………なんとか…三蔵、あなた……息、乱れてますよ」
「…ふん……お前の聞き違いだろ?」
三蔵の右後方から八戒の声がする。距離はさほど無いようだ。 しかし、相変わらずの霧が、互いの姿を隠している。

長安を離れ、たまの息抜きだと出掛けた先での、無粋な所業。 イライラの限界も近い、三蔵。 必死に前方に視線を巡らすが、眼前の乳白色は、薄れる気配さえ無い。 幹の太い針葉樹が二人の身を隠しているが、風は無く、敵の気配も皆無だ。 なのに、殺気だけは、辺りに立ち込めている。まるで霧そのものが、敵のように……
「…一気にいく………」
三蔵が真言を唱え始めた。双肩の魔天経文が輝き始める……
周囲の空気が渦を巻いて、三蔵を取り囲み始めた、それは、さながら、釈迦の姿にも似て…
「魔界天浄――――ッ!!」
一声の元に放たれた経文が、宙を切り、確実に敵を捕らえる…
…姿さえ、見ることの叶わなかった敵が、無散した。



「……だから……初めから、使っていれば、こんなに……」
コーヒーを入れるために台所に立った八戒が、らしくないほど、三蔵に絡む。 理由(わけ)は、先刻の戦闘についての反省。 肝心な所で大技を出し惜しみしてる…
…大技のバーゲンなんてする気は無い。
先ほどから、何処までも譲り合う気配の無い、会話。 どっちにしろ、結論は出そうにもない。


破壊された別荘の中で、悠長にコーヒーを入れる八戒。 傍らで新聞を広げる三蔵が揃えば、今朝の風景の再現。
ただし、互いの心中は、再現されたかどうか…


二人が、居て、当たり前になった空間。
だが、少しずつ、確実に変化していく、互いの距離。
伸ばした腕の先に熱いほどの体温を感じる距離に
伸ばした指先に濡れた吐息が絡まるほどの距離に 互いを、
感じていたい…
その距離が、変化していく、『禁断』という言葉の中で。
どちらが先に、神の雷をその身に、受けるのか。
犯した罪の深さに…
ただ、愛した分だけの重さに………


共犯。



俺と、お前の共犯、 この想いは…
何処まで、ついて来られるんだ?
共に犯す、罪。
お前が、悪い?
俺が、悪い?
どっちが重罪、なんだろうな?
愛していると、告げた者か?
相手を欲した者か?
罪を重ねる、お前と罪を重ねる。
だが…
自然の摂理に反した、想いであるとしても、
お前と共に犯す罪ならば、恐れはしない。
ただ…
お前が、欲しい。
俺にとって、それだけが、この世に求める『欲望』だ。
覚悟をしておけ、いいな…?






あなたが、僕を欲しいと言ったから
僕が、あなたを欲しいと、言ったから
それが、僕達の『罪』なのでしょうか?
この世の摂理に反する、行為への。
なんだか、楽しくなってきますね?
だったら、何処まで、罪を重ね続けられるのか、 付き合ってみませんか?
僕は、以外とあきらめが悪いんです。
だから、 何処までも僕と、罪を犯し続ける、
僕とあなたは、永遠に「共犯者」です。
何が、起こっても僕は、あなたを求め続ける…
覚悟、いいですか?






「どうします?」
八戒が、他人事にように呟く。
「さぁな…」
関心無さそうに三蔵が答える。 どうにかしなけけば、今夜の宿さえ無いというのに、お互いに動く気配さえ、無い。
夕闇が降り始めた壊れた部屋での押し問答。


「いい加減にしますか…」
小さな溜息と一緒に、もう、文字の判別が付かなくなっている筈の新聞紙を取り上げ、軽いキスを落とす。

「……負けを認めるのか?」
「冗談……」
極上の微笑みを浮かべ、眼鏡も外す……
腕を伸ばし、掴んだ椅子の背の中に三蔵を閉じ込める…

「どっちが、強いかなんて…わかってるくせに……」
「……………………」
逸らさない強い視線のまま、 視線を絡ませたまま、
「行くか……」
「ええ……」




踏み出した足元には、確かな大地。
進み出した時間は、己の腕の中に。
確かなモノなど何も無いこの世界で、
交わす熱だけが、互いのモノ。
求め、
求めて、
与え、
与えられ、
抱いて…
抱かれる……
そして、犯す『罪』

愛した事が罪なら、どんな罰でも受けよう。
だが、変わらない。
この血の一滴までが罪に染まるまで、愛し続ける。



それが「覚悟」




END