Long Rain〜止まない雨〜 



「…なぁ、久保ちゃんの誕生日って、いつだっけ?」
「ん?唐突だねぇ…」
「…いいから、教えろよ…」
「8月24日」
「…ふぅん……誕生日かぁ……」
…なんで? 聞き返そうとして、見下ろした時任の視線の先。 トイザらスの前の幸せそうな親子。 肩まで伸ばした髪。 三つ編みにした少女が、大事そうに抱える、赤いリボンの箱。
「欲しいの?」
「……別っにぃ!!…それに……」
「それに…?」
「俺、自分の誕生日、知んねぇもん……」
そして、久保田の前を歩き出した…
「久保ちゃんって、随分、暑い日に生まれたんだな…」
「…うん、でも…その日、雨だったんだよ…」
「なんで、知ってんのさ?自分の生まれた日の事?」
「…俺って、物知り、だから…ね?」
「……なんだよ……そういう問題じゃねぇだろ……」
いつの間にか、視界から、消えた少女。
少しだけ、陽炎が、揺らめく、アスファルトの上……

…銃を用意してくれ…

……の分だ


「ねぇ、鵠さん。なんか、わりのいいバイト、ありません?」
「おや、珍しいですね、あなたが、金額の事を口にするなんで…」
硝子のショーケースの向こう側。 鵠の驚いた顔が、覗ける。
「…そおぅ?……ま、訳あり、ってことで」
「後ほど、ご連絡、いたしましょう…」
煌く陽光が、久保田の瞳を撃った、昼下がり……
風、波の音、潮の匂い… 巨大な観覧車の真ん中の時計が、14時を示している…
ちょぉっと…遅い…んでない…?
鵠からの「預かり物」 重力に引きずられる重さ…食い込む、紙袋の紐。

『…少々、危険なのですが…よろしいですか?』
わざとらしい、鵠の深刻な顔。 木箱に入っていたモノは…?

「……ん〜〜今日も、暑くなりそうだねぇ…」
真上の太陽を見上げた、刹那……
近づく、地面。
…あ…れ……?
コンクリートのタイルに押し付けた頬の先、真っ赤な液体が、流れている…
どんどん、地表を犯していく、真っ赤な液体…

「…何…?……アレ…………」
壊れた木箱の中、拳銃が……いっぱい……

「…熱い……熱いよ……時任………」
揺らめき白濁していく視界に、赤い警告灯が見えた、と思ったのは、夢?




「……誠人っ!?」
そして…名前を呼ばれた気が……した………





「なんで……?なんで……久保ちゃん……目、開けねぇの……」
「…時坊………」
「おっちゃん!!何が、あったんだよ!!」
右手で、葛西の胸倉を掴み上げる…
「…ちょっ……ちょっと、たんま!!…手…右手!!」
「…あ…………わりぃ………」
白い部屋 身体中の透明なチューブ。 赤、黄色、いろんな色の液体が、そん中を流れて、久保田の中に…
「…タレこみが…あったんだ……」
「…………………」
「今日、14時、コスモロックの前で、拳銃の密売がある、ってな……」
…あいつ……のせい……か?


「そんで、俺らは現場へ走ったんだ。 そこに……誠人が、倒れてた…って…訳だ…」
「…で…?…誰が、久保ちゃんを撃った…?」
握り締めた拳が、血の気を失っている……
ギリギリ、 革の手袋が、悲鳴を上げる…
「…まだ、調査中だ………」
「……わかった…」
「…バカなこと………すんじゃ、ねぇよ……」
「……わかって……る……」
機械が、電子音、たてて、久保田の心臓の音を代返している…
顔半分を覆う、透明のマスクが、邪魔……

「…久保ちゃんの顔……よく、見えねぇじゃねぇ……か……」

硝子の向こうの、恋人―――――



「鵠―――――――っ!!」


飛び込んだ店先に、鵠の姿は、無かった。 足元に砕けた硝子…
埃の匂いに似た、粒状のモノが、散乱……
空っぽになった薬の缶…
「……鵠……さん……?」
その日、横浜の街から、鵠が――消えた――
「……逃げてんじゃ……ねぇよ………っ!!」


引き千切った何かのコードから、火花が……散った……
カチッ…カチ………カチッ…… 壁時計。
…あれから、何日、経った……?
目の前に差し出されたサンドイッチを無意識に口に放り込む。
……久保ちゃん……帰って……来いってば…… 俺、腹減った…カレー食いてぇってば……

真っ赤な液体 久保ちゃんの腹から、流れて土に飲み込まれた…液体…
コンクリートの上 久保ちゃんの周りを赤く染めたその液体は、 人の形、 久保ちゃんの形を残した…
まるで、久保ちゃんだけが、そこから、消えた、みたいに…


『…時坊…一旦、家に戻れや…誠人は、大丈夫だからよ。 俺が、看てる。絶対、死なせねぇ…』
硝子の向こうを見て、葛西の瞳に、光ったモノ…
…誠人……仇、取ってやっからな……



「…失敗、したのね?」
「だ、代行!?…そ、それは…結果的には、そうですが……私は………!?」
皆まで言い終わる事無く、岩田という名だった男は、 関谷の投げた短剣で、呼吸を中途半端で……止めた……
「…ったく……使い物にならない連中ばかりねっ! 私が、最後まで、お膳立てしなくっちゃ、なんにも出来ないって言うの!? 誰でもいいわ!あの坊やを……殺して…… …あの男が、動き出す前…に……っ!!」



…久保ちゃん、なんで……そんなに金が、必要、だったんだよ…
鵠の店で、見つけた紙切れ 『久保田誠人 200万 受領』 そこに押された、『久保田』の判。

「…久保ちゃん……判子なんて…持ってたのかよ…」
…なんで、そんな大金………
俺……金なんて…………………!?


……時任、今、一番欲しい物、何?
な、なんだよ……唐突だなぁ……
何よ、それ……
久保ちゃんの真似vv …
で?何か、ある?
何、って……急に言われてもなぁ……そうだなぁ…… あ!ある!!でっかいTV!!
ん??なんで……TV??
うん!こう、壁いっぱいの画面!そんでバーチャ、やると、気持ち良くね?


「…まさ…か……俺の……為……?」
…あ〜〜あ、バレちゃったか……
「久保ちゃん!?」
聞こえる筈の無い声…
でも、確かに聞こえた、声……
「…ばっか…でぇ……久保ちゃん…んなことして稼いだ金で… 俺に………っ!!」
握り締めた『領収書』を塵箱に、捨てた…


捜査……
それは、進む筈は無く……
ただ、時間だけが、過ぎていった……
陽の光の届かぬ、病院の廊下…
視線の先の、久保田 動かぬ…肢体…戻らぬ…心……
それから――
それから、どれくらいの時間、そうしていたのか…
時間の感覚も…息をすることも…何もかも忘れて…ただ、膝を抱えて……

…何処…だよ……久保ちゃん…
置いて行くなんて…ひでぇよ… 俺も……連れてって…くれよ……
もう……独りは……やだよぉ……




――End