MadnesFlower
(狂華)



天界を遠く離れた異国の地。
冴え冴えとした月明かりの下、シンは、ハープを抱えたまま、視線を惑わせてた。
眼前の海は、陽を失ったがごとく、暗く冷たい様で横たわっていた。
『側に居たいなら…お前が俺の側に居たいならそうしてやる…』
(あの時…パンドラに問われて、あなたはそう、答えた…
戦いのさなか、私の中にはあなたしか居なかった…
あなたの中には、誰がいるのです?私では、無い…のですか…?
あの日…あなたと身体を重ねた夜…
確かにあなたを感じたのは私の勝手な思い込みだったのでしょうか…)
シンの心を揺らす波…
それは夜の海よりも暗く、冷たい想いだった。
手にしたハープにもはや唄は流れなかった、
弦に触れる指先は、想いを吐き出す事を恐れていた。

「どうした…シン…」
不意に背後からユダの声を聴く。
「…ユダ…」
「寝所にお前がいないのでな…」
「すみません…どうしても、眠れなくて…」
時折風がシンの髪をシルクのリボンを揺らす。
「見てください、ユダ…桜が…」
「狂い咲き、か」
「ええ、私達のしてしまった事は、この世界を狂わせてしまったのかもしれません。
いえ、その以前から…私達は…天界は……」
異界に送り込んだタケルの事、ユダを慕っていると涙を流したシヴァ…
想いが乱れる地でシンの心もまた、迷い始めていた。
「ユダ…教えてください…私は…どうしたらいいのでしょうか…?
私は…シヴァの想いを知ってしまった…あの強い思い…
あれは私と同じ…いえ、それ以上の…」
「シン!」
思わぬユダの強い口調に見上げた視線の先には……
間近のユダが唇を触れ合わせる。
「それ以上、言うな…シン…」
「でも……」
「俺は…お前と共にありたいと思っている。その気持ちに偽りは無い。
だから…お前は俺の側に居るのだ、決して、離れずに」
「でも、シヴァは…」
「お前とシヴァは違う。これは…言い訳に聞こえるかもしれない…
だが、あの時シヴァの気持ちを受け止めるしか無かったのだ。
お前が揺らめくと知っていながら…お前は…俺の気持ちを…理解していたのではなかったのか…?
あれは、あの睦言は俺だけの誓い、だったのか?」
「ユダ…」
「…少し、俺は思い込みが強すぎたのか…」
「いえ!違います、ユダ!私は…」
ユダの胸に飛び込むシン。
「すみません…私は…私は一時とは言え、あなたのお心を疑っていました。
私こそ、思い込みすぎていたのではと…」
「シン…」
「ユダ……ユダ……あなたの胸は温かい…
私はいつもこの温もりに包まれていたいのです…それが、許されない事だとしても…」
「…わかった…シン、もう、何も言うな…」
無数にシンの唇に降る口付け。
「…んっ…!?…う…ん…………」
震える肩。
「…寒いのか…?安心しろ…もうすぐ寒さなど感じなくなる…」
「ユダ…」
「さぁ…シン……」
伸ばした腕に縋るシン。
開かれた胸を風が撫で上げる。夜の海を渡った、異国の風が。
その風の中の狂気を感じ、シンの肢体が、震える。
その震えのすべてを吸い取るかのようにユダの唇が、そこここを這う、
薄桃色に染まり始めたシンの肌の上を…
すでに声は形を失い、ただ、目の前の感覚だけに呑まれていく。
狂った桜が、その薄桃色の花弁を散らし、終焉を喜ぶ…己の所業を悔やめと…
「……あっ…!んぁ………!!」
ゆるりとユダの指がシンの肌を滑る、首筋、胸…そして…
「あっ!!」
辿り付いた先は熱い欲望を示すモノ…
ためらいもなく触れた熱さはユダの指先でさらに温度を上げる。
「…もう……こんなに感じているのか…?」
意地悪な台詞がシンの身の内を追い立てる。羞恥に赤らめた頬を背ける…
「……そんな風に…言わないで…」
「…すまない……」
謝罪の言葉は笑いを含んだ喜びに聞こえた。
噛み締めた唇を包むように優しく吸い上げる。
触れる舌先に閉じた唇を開き、受け入れる。
歯列を撫で上げられ、シンの背中に走った甘い痺れ…
意図せず、合わさった下肢が震える…
角度を変え、何度も交わす口付けが濡れた音を夜の闇に響かせる…
耳元では、風が鳴っているというのに、その音だけが耳に流れ込む、
二人の間にはもう、時間も音も、過去も未来も何も、無くなっていた。
ただ、触れ合っている熱さだけが真実で、唯一だった。
たとえこの先、どんな事が待っていようとも、
現在(いま)だけが、存在している、それだけが、シンが信じられるものだった…
もっと欲しがれと追い立てられ、
快楽の波に飲まれそうになりながら、愛しい人の名前を呼び続ける…
「…ユダ……ユ…ダ……」
そうすることで、今を、繋ぎとめようとするかのように…
「……シン……お前、だけだ………」
愛撫の途中、何度も囁き続けるユダの『告白』
今を、伝える為に……
乱れた細い髪に花弁が絡む…その内にどろりとした、想いを絡める…
追い上げてくる熱に息苦しささえ感じている胸に戒めを与えるユダの唇。
固く尖った胸先を啄ばみ、舌先で撫で上げる…
濡れた軌跡が上下する胸を光らせてゆく…
与えられる感覚に快楽の声を上げ続けるシンの腕が、ユダに触れる…
「ダメ…です……あなた…も…」
シンの細い指先がユダの高まりを這う…小さく呻く、ユダ…
「…シン…?お前……」
戸惑いの色の瞳がシンを見下ろす…
しかし、シンは柔らかく微笑み、指を動かし始める…
先刻まで息を乱していたのはシンだというのに、
初めてのシンの行動にユダの身体もまた、熱く、濡れ始めた……
「……んっ……!……あぁ………シン……」
「…ユダ…こうして、あなたに触れているだけで…私は……!」
絡みつく下肢がもどかしげに揺れ、
限界まで熱く張り詰めたモノを押し付けてくるシン…
「……ぁあ……!…も……ぅ……私は……っ!」
刹那、
瞳を閉じたシンが震える……放たれた精が自身の下肢を濡らす……
「……シン……俺に触れただけで……お前は……」
愛しげにシンを見つめるユダの瞳が、微かに笑った。
そっとシンの指を外すと、熱い息を繰り返す唇に許しを請う。
「…お前の中に……入りたい……」
それは切望で、欲望、だった……
シンの放ったもので濡らした秘所に押し当てるユダ自身…
二人の視線を絡み合わせたまま、身体を進める…ゆっくりとすべてを埋めていく…
次第に強まる快感にシンの唇から再び、嬌声が上がる…
「…熱いな…お前の中…は……」
「……んっ……!あうっ………!」
競りあがる圧迫感を感じながらもそれ以上に
ユダに満たされているという喜びがシンを歓喜させた。
もっとユダを感じたくて、両の足をユダの腰に絡ませる……
濡れた背中にも舞い散る、花弁…唇の間に入り込む、華弁…
「…そんなに………締め付ける…な……!」
切羽詰った声にシンは更に力を込める……
「…うぁ……も…だめ…だ……」
「………ユダ……!!」
激しく突き上げられ、眩暈のするほどの快感がシンの意識を紅く、染める…
もっと、もっと、あなたを感じたい…
私のすべてを差し上げます…ですから、もっと、あなたを感じさせてください…
そう、懇願したのは、いつ、だったのか……
やがて二人は快楽の波にすべてを飲まれていった……


人はどうして、独りでは生きられない…?
そう、人間は弱い生き物だから。
では、天使は…?
天使は、天にあって、孤高の存在ではなかったのか
なのに
なぜ、こうも、自らの半身を求める?
指先の温もりを
熱い、溜息を……
完全なる者よ
この世の理を統べる者よ
これは あなたが与えた試練なのですか、
…それを、あなたは、答えられますか…?

暗い海の一条の光が射す。
明けていく異国に地にやがて訪れる運命を止める事が出来るのか…
惑う天使達には、明ける世界は、訪れるのか……
今はただ、互いの温もりに触れていたい…
…それがいつか、終わる事だとしても……

……愛しています…ユダ……


あなただけを……


抱きあう二人の間で、風が鳴る…薄桃色の視界の中で
確かめる温もり…
狂った桜が…花弁を散らす…この地の終焉を…
嘆きながら……


END