堕天使による5題

2.嘆きの星空




この場所が、あなたと私の居場所だったはずなのに、
どうしてあなたは隣に居てはくださらないのですか?
約束を―――
永遠の約束をこの唇にくれたのは、私の都合のいい夢、だったかと
記憶さえ、曖昧になるほど、あなたの感じていません。

どうして
どうしてだと

何度、この胸に問うでも、
答えは何処にも無い。

どうして
なぜ――なのです?

私は、どうしてあなたの隣に、いないのですか?

〜OBSIDIAN〜

風がゆっくりと流れる午後。シンはユダの自宅でハープを弾いていた。
今日は1週間に1度の休息日。何事も無ければいつもの穏やかな時間が過ぎるはずだった。
しかし、ふいに風が変わった。
「ユダ、居るか?」
木立の影からルカが現れたのだ。
「ルカか。何かあったのか?」
「休日にすまない。ちょと見て欲しいものがあってな」
シンの姿を認めて、すまなそうに視線を送るルカ。何か相談事があって訪れたのだと即座に理解し、
今日の時間は終わったのだと納得した筈だったが…
「では、私はお暇するといたしましょう」
「いや、その必要は無い。先約はお前のほうだ」
ユダの声に引き止められた。
「…ユダ…で、では、私はルカの為にお茶を入れてまいります」
「…すまないな、頼む」
何処までも蒼い空が、柔らかい風を運んでいる、休日のひととき。
ユダと共に過ごすことは暗黙の了解になっていた。
変わらぬ時間を信じていつもの場所に座る。
変わらないということがシンにとっての至福。それが、真実。

窓の外に描かれる風景。
(…ルカ…相変わらずあなたは神々しい気を持っていらっしゃる。最近はそれが顕著に現れて…眩しいくらいに…)
天界の光が並ぶ二人に注がれていた。それはそのまま完璧で優雅な宗教画だった。
(…それに比べて私は…)
決して、貧弱ではない肢体だとしてもルカとは力量の差は大きい。身に纏う気さえルカの足元にも及ばないと笑う。
(では、私とユダではどうなのだろうか…あまりに不釣合いな姿なのでは無いのだろうか。
私のような未熟な者が隣にいることでユダの名前に傷が付いてはいないのだろうか…)
ティーポットを手にしたまま、動けなくなってしまう。

「…遅いな」
「シンか?」
「ああ…何かあったのだろうか。すまないルカ。待ってくれるか」
ベランダから覗けるキッチンにはシンの姿は見当たらない。
火にかかったままのケトルから絶え間なく蒸気が上がっている。
「シン…?」


「私は…」
シンはユダに黙ったまま、帰ってしまったことを激しく後悔していた。
「でも…」
しかし、あのまま、語り合う二人を見続けることが出来なかったのだ。
「どうしても…」
外せなくなりそうな視線の先に何か得体のしれない感情を感じて、その場を去ることしか考えられなかった。

「心を落ち着かせなければ…」
いつもの湖の畔。大樹の幹に其の身を預けて一心にハープを掻き鳴らす。
音色はそのまま、心の音色。色を変えて空へと昇る。
行き先を求めて…

「…ここにいたのだな」
予感。
頭上から降る声は、極上に甘く、シンの心を縛る。
「黙って帰ったりするな…」
「…すみません」
「今日は、悪かった…もうあの時間に邪魔をさせない…」

(…謝ることなど…あなたが謝ることなど何も無いのです…ただ、私が悪い…)

『そのままのお前でいい』

そんな言葉がシンを包む。
このままで、そのままで。
………変わらないこと、それが、今の私に出来ること、そして、唯一、望むモノ


END




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