二度目の恋



…誕生日なんて、気にして無いよ?
…そう、言ったの聞いてなかったの?…時任……

「わりぃ!今日、バイトで、遅くなるから、先、寝ててっ!」
携帯を持たせた途端、コレだ…
俺は携帯のスピーカーから聞こえる機械音by時任バージョンを聞き流していた…
あれは、確か――

「なぁ、もうすぐ久保ちゃんの誕生日だろ?なんか欲しいモン、ねぇ??」
「……ん?」
キラキラした猫みたいな目で、俺のことを見上げていた時任。 僕にナニを期待していたんだい?
「うんにゃ……別に欲しいモンなんて……」
「…うぅぅぅ……ンな事無い!ぜってーあるって!!」
…あれぇ…?随分、断定的だね?今日の時任……
だから……そんなキラキラに答えてやる為に一応言ってみた。
「この前見た……硝子の鯨が欲しい」
熱帯夜に息苦しくて、夜の街を彷徨っていた刻。
人気の無いショッピングモールのウィンドゥ…
照らされた、一個の硝子細工。
それは、片手に乗る大きさなのに、透き通ったキラキラした身体を大きく、 仰け反らせて、何かを捕えようとしているように見えて…
…目が、離せなくなった…
「…これって……似てる……アノ時の、時任に……」
「……………!?な、なんだよ!!きゅ、急に、んなこと言うなっ!」
…あのときのお前が、かわいかったから…言ってみただけなのに…
俺に欲しいモノなんて…………
――スクランブル交差点。
人々のざわめき。高い声、低い声。笑い声、叫び声。
混じりあった空間。
刹那的な空間…
積載量オーバーのトラックが、タイヤを軋ませながら、迫る、 時任から直線距離で、5メートル。
「……ヤバイんじゃねぇ?あの車……」
MDプレーヤーに聴覚障害を引き起こされている少年に弾き飛ばされた、小箱…
「あっ!」
―――キラキラ… 砕けた硝子、
―――キラキラ……
流れた血液が、夕日に光る―――――――


「俺、病院、嫌いなんだよねぇ……」
203号室と書かれたプレートの前で、ボヤいてみる…
そんな事したって、現状は変わらないけど。
「やぁ、元気そうだね?」
開け放った扉の向こうに、頭部を白い包帯に包まれた、時任が―――いた。 ニコニコ顔の時任が……
『記憶を失っています』
…ってねぇ………もともと、時任は、記憶を失くしてんだよ? それって、一回きりじゃないの?


…訳わかんない夢から、覚めたら俺は、この男に手を握られていて…
「な、ナニ…?」
……俺は、初めて見る男の顔に妙なドキドキを感じながら、視線を絡ませ続けた。

それから…毎日、病室に入り浸っては、なんのことも無い時間を過ごしていく。 俺は…記憶を無くしたらしい…
『記憶を失っています』
なんて、医者の言う言葉には、聞く耳持たねぇよっ!
……早く、この辛気臭い部屋、出テェ… だってよ…こいつと二人っきりで、ここに居ると…なんか、やべぇんだ……
こう…なんていうか……勝手に心臓がバクつくし……顔が熱くなったり… …うっぅぅぅ……これって……もしかして……?
うぁぁ〜〜っ!!もう、考えたくねぇ……


そして、俺は、一週間で、退院することになった。

「…帰ろうか?」
ごく、あたり前のように、この……久保田、という男は、俺の手を取った。
「…帰る…?……久保田、さん……何処に…?」
「………!?…んっ………僕達の場所に……」
俺達…一緒に暮らしてたのか…? お、男同士で…?
いや……別に変な意味じゃねぇよな……
ただの同居人っちゅーか……たぶん… そうだろ?なっ?…って、俺、誰に聞いてるんだっ!?
………これ以上…考えたくねぇ……
また、身体が……熱くなってきた…し……


開かれた扉の向こうには、生活の匂いがしていて……
無意識に感じた、安堵感……
沈み込んだソファが、気持ちいい……
「………………………」
ふいに……唇に感じた熱さ……
「……………!?な、ナニ…!?」
「…あ……ゴメン………」
なんで……この人、こんなに…?
って……そういう意味ぃ〜〜? ま、マジ?? …でも、久保田の目を正面から、見て、俺は、なんにも言えなくなった…
真剣、過ぎだよ……


その晩…… 寝付かれなくて、ベランダで夜風にあたって、考えた… 俺って、誰なんだろう…… 前にもこんな経験、したこと、あるような……
「…だからって、俺は、なんで、アイツのこと、許してんだ?」
そうなんだ……ここに来てから、事あるごとに… そ、その……キス…してきたり……肩……抱いたり……うん…
…いや、別にイヤ……ってわけじゃない……
「…イヤじゃない…!?…ナニ、思ってんだよ!俺っ!!」
やめた、やめた!考えるな……これ以上……俺……… おかしく……なっちまう…………


「…なぁ、久保ちゃん!そこのコップ、取ってよ!」
「……………………」
「な、なんだよ……?…いいじゃんか…俺、洗いモンの途中で、 手、泡だらけで……んと……」
って、なんで、俺、謝ってんの? だって、久保田が、んな目で見るから……
…ズキン…ッ!!
また……だ……ヤベ……俺………!!
「…思い、出した…?」
「ナニ?」
「今、『久保ちゃん』って……」
「…………あ」
「でしょ?」
「……ん………なんとなく………」
「あれ?……なんとなく、なのね……はぁ……」
「ど、どうしたの?」
ガックリと、肩を落とした久保田は、立ち上がり、コップを持ったままの手で、 俺を抱きしめ、俺の首筋に顔を埋めている……
「あ、あのさ…あんた……なんで、いっつも…そうなのさ……」
「ナニ?」
「えっと……その……キ…キス…したり、今だって……こんな……」
…なんだか、言葉が足りないような気がしたけど、久保田は答えてくれた。
「王子様のキスなら、目覚めてくれるかなぁ、って、思ってたんだけどね?」
「………………!?」
「僕が、王子様で、君が、お姫様v」
……んなろっ……んな、恥ずかしいこと、真顔でよく言えんな?この人……
……って、言ってる側から、そんな………そんな……キス……するなよ………
「……久保ちゃん……今日、何日??」
「…8月26日、午後11時58分………」
「ゲッ!!!」
俺は……あの後……久保ちゃんの…キスにクラクラして…
あの腕から逃げたリビングで、
…テーブルの角に足を引っ掛けて……
派手に後頭部を打った……
……次の瞬間、あっけないくらい、俺の記憶は、元に戻った……

「あ……プレゼント……」
「いいよ……」
そう、言った久保ちゃんの視線の先に、硝子の鯨があった。
継ぎ接ぎだらけの鯨……
もう、あの夜の輝きは、なくなっちゃってたけど…

「…アレ…は…?」
……もう、ナンも言えなくなった…久保ちゃんが……
あんまり…切なそうな顔で俺を見るから……
…お前がここにいてくれるのが……俺の…最高のプレゼントだよ…
そんな久保ちゃんの台詞を夢うつつの中で、聞いた気がする……
でも……俺、これからナニがあっても…久保ちゃんを…
…好きでいられる、って自信がついた…
なんて事、ぜってー、言ってやんねーけどさ……

END