日常な二人



「ああ、いい天気、ですねぇ…」
抜ける蒼穹を見上げ、八戒は、手にした洗濯籠をゆっくりと地面に下ろした。
…死神と西への旅をしていた、あの日々…
それは、すでに過去の事と、なりつつも… 忘れられない様々な想いと共に、 今、この手にある、唯一の…人…
……焦がれて……求めて……足掻いたのは…… この時、の為……
陽光が、金の髪を輝かせる様を独り占め出来る、この時間……
すべてが、忘却の彼方へ去ろうとも…僕は、忘れませんよ……あの時間さえも…


「…おい、八戒……」
洗濯を干す手も半ばの八戒を、呼びつける声音……
「はい…?」
「…おかわり……」
「…はいはい」
法衣を脱いだあなたをまだ、見慣れぬまま…
琥珀色の液体を白いカップに注ぎ込む…想いも一緒に…いっぱい、詰めて…
テラスの狭い空間にコーヒーに香りが、漂う……
「今日、執務はどうしたんです?」
「……………」
「……三蔵…?」
「……サボリだ……」
「……えっ………?」
……こんなにいい天気なんだ……お前と一緒にいたいと思っても、バチは当たらんだろ…?
音にならない言葉が、八戒の脳裏に響く……
「…あっ………」
………これって………?
見下ろした三蔵は、視線をすでに新聞の上に落とし、真意は、不明………
「……僕にも……あったみたいですね……」
「………フン…」
三蔵の顔に笑いが浮かんだ気がしたのは…僕の都合のいい、思い込み、でしょうかね…?
「……さぁて………洗濯、干しちゃいましょうね…」
「ところで…悟空は、どうしました?」
「…ああ……相変わらず、バカだ……」
「…あのぅ〜そういう意味で、聞いたんじゃ…」
…わかってる……
「…あっ……また………」
…声が、しますよ…これは、あなたの…心の…?
「……なんだ……?」
「…いえ………三蔵…あなた、嘘、つけなくなっちゃいましたよ?」
「……あ?」
「…悟空のことを聞いてたんですけど……?」
話の論点が、ずれたぞ?そんな顔をしながら、八戒の話に合わせる……三蔵……
「……ああ、あのバカ猿のことか……あいつなら…」
Marlboroに火を点け…紫煙をくゆらせ……
「……修行の旅…とやらに出ている……俺を守る為……とかなんとか… 『もっと強くなって戻ってくるから、それまで八戒に守ってもらいなよな』」
「…え?」
「……悟空からの伝言だ……ったく……俺を誰だと思ってやがる……」
「…ふふ……あの子らしいですね……」
……少なくとも、もう、三蔵の手を借りなくても、歩けるようになった、という事なんでしょうね……
「そうそう、悟浄が恋人を連れて、遊びに来ていましたよ?」
「……また、遊びの延長じゃねぇのか…?」
「いえ…なんだか、今度は『激本気v』って、言ってましたよ?」
「…ハン!…エロ河童のいう事なんざ………」
「……………悠里さん、って言うんですって……」
「…………?」
「悟浄の恋人の名前です」
「…ほう………あいつの口から、女の名前を聞くとな……」
「ええ、それだけ……本気、って…以外と本当かもしれませんよ?」
「……あいつのマイホームパパ、なんざ……見たくもねぇがな……」
「……ははは、同感ですね……」
かつての旅の仲間の近況を話す、いつもより、饒舌な三蔵…
…今のあなたの心の中は……あの頃に……戻っているのでしょうか……ね?
まだ、お昼には早い時間…
いつの間にか、八戒の心も過去へと旅立っていた…
時計の針が、カチカチと時を進める…

不意に、陽が翳った……八戒の目の前…
「…ん?」
その影が、三蔵だと認識した、次の瞬間…
…優しい唇が、降りてきた…
チュッと、音を立てて離れていった唇に我に返り…
「…さ、三蔵……!?」
「…なんだ…?」
三蔵の唇の端に浮かんだ、微かな笑み…
風が、Marlboroの匂いを運んで…
「…ええっと…………」
「……赤いぞ……?」
「…えっ…?」
……して欲しかったんじゃねぇか…?
……ああ……なんて正直なんでしょう…あなたの心は……
「……三蔵…?」
「…あ?」
「……もう一回、いいですか?」
僕は、我がままを言ってみることにした……
こんな機会、めったにあるもんじゃ、ありませんから……

END

プレゼント.キリ番 2666番、
本多悠里様へ、贈呈でございます。
「日常のひとコマみたいな情景+幸せ+ちょっと甘い?」というリクでした。 いかがでしたでしょうか? 旅を終えた三蔵一行のお話をちろっと書いてみました。 駄文ながら、どうぞ、お受け取りくださいませ...
管理人 MITSUKO