「俺が、眠らせてやろうか?」

~その指が、覚えて…いいのか?~



「…ごめん、渉…ほんと、ごめん…」
「え…っ?な、何なんだよ…架月、さっきから何言ってんだよ」
「勝手で悪い…だけど、もうどうしようもないんだ」
「か、架月…?」
誰、何だよ…架月の隣に立ってる女の人…いつもは俺がいる場所に…
「俺、この人と行くから…」
行く…?行くって、何所に?なぁ、架月っ。架月、架月、架月っっ。
「待てよぉ…架月ぃ−−−−−−−−−−っ」

「…うぁぁぁぁぁぁっ……あっ…また、夢か…」
こうやって汗びっしょりで夜中目が覚めるのは、何度目だろ。最近、架月の周りが、ヤバイんだ。何が、ヤバイって……ほら、聞こえるだろ?
「…ねぇねぇ、あの子でしょ?」
「そうそうっ。なかなかの美形でしょ?」
口々に賛美の声を上げているのは、見も知らぬOL。架月が、リノベ研のサークルに参加してから、3か月が経ったあたりからだろうか。現場に女性の影が多くなった。
まったく…なんだって架月は、こんなに目立つんだ?ただ、大工仕事をしているだけなのに…
連日、OLが、押しかけるので、多少作業に支障が出ているのは否めない。お陰で、二人きりになった俺様架月は、不平不満の嵐を俺に吹き付けてくる…いい迷惑だ…おまけに…
「あのね、駅前においしそうなケーキ屋さんがオープンしたの、休憩時間になったら一緒に行かない?」
「いやだぁ~抜けがけぇ~?それより、仕事が終わったら飲みに行かない?奢るから」
自慢の身体を擦り寄せるようにして架月を囲むOLさん達。でもそんな彼女達の仕草も意に介さないで…
「ごめんね、今、ちょっと工期が遅れてるんだ。おねさま方のお誘いは、とても嬉しんだけど」
そして決まって俺のほうに振り向く。
「よう、渉、今日も来てくてたのか?」
…たった今、OL達に微笑みかけたその同じ唇で俺に優しい声を掛けてくるんだ……あの極上の笑顔をトッピングして、さ。必然、OLの方々の視線は、俺に…
「なぁに?なんであの男の子にだけは、いつも優しい訳ぇ?」
いやいや…優しく見えるのは、錯覚です…俺は、単に八つ当たりをされているだけです…
あなた方には、架月がしょっている超低気圧が、見えていらっしゃらないだけです…

「眠れない…なんだか、やつれてきていないか?俺…」
心なしか、体重も…
鏡の中の俺は、気のせいでもなんでもなく、顔色がめちゃっくちゃ悪い…たった今、墓場から掘り起こした死人みたいだと、例えたのは、誰だっけ?
「渉ちゃん?もう、ご飯いいの?」
「ああ…なんだか胃の調子が、悪くて…」
「そいえばもここんとこ、ものすごーく、顔色が悪いよね?タチの悪い風邪が流行っているみたいだから、一応、薬、飲んでおいたほうがいいわよ」
花鈴…今は、お前のその言葉にさえ、涙が、出そうだよ……
もちろん、今の俺の体調不良は、架月のせいだ。断言してやるっ。眠れないから、疲れるんだ、顔色も悪くなるってもんだ…毎晩のように悪夢にうなされてる…目を瞑れば、昼間のOL達の声が、サラウンドで襲ってくる…万が一、もしかして…そんなバカな考えばかりが、頭の中を勝手に走り回るんだ。考えちゃいけないって思えば思うほど。
なんでもないことのはずなんだ。架月が、老若男女かかわらずモテルのは、いつものことなのに…架月が、あんな誘いに乗るはずないって、絶対無いって…信じているのに……
なんで…こんな気持ちになるんだろう…
ああ…架月は、大丈夫なんだ。だって、架月は、俺の事が、好きなんだから…と安心している自分と、架月だって男なんだ、万が一にもクラッと…そんな不安な自分が、同居してしまって……
いやいや、架月は、俺のこと、あ…愛してるって…言ってたし…第一、架月を疑うなんて…そんな事、しちゃいけないんだ。わかっているさ…だけど…
「ああ……また、思考が、堂々巡りだ…」
俺に安眠の夜は、来るんだろうか……

「……渉?おい」
「…………んぁ?」
「なんだよ、目、開けたまま寝てたのか?」
「んっ……はは、ちょっと、根詰めすぎたかな?」
「勉強か?」
「…ま、そんなとこ…最近、新しい参考書買ってさ。何とか攻略しようと悪戦奮闘中、ってとこかな」
「そうか…俺が、見てやれればいいんだけどな…」
「いいよ、架月、忙しいだろ?それにこれは、自分で攻略しなきゃいけないことだし」
…なんて言い訳、架月は、信じるんだろうか…信じる、だろうな。自慢じゃないけど…架月は、俺の事、信じてくれているんだから。
「だったら今週末、俺、時間作るよ」
「無理すんなよ、大丈夫だから」
「だめだ、こんな渉を…放っておけない…」
「架月……」
ごめん架月…本当は、勝手な妄想と独占欲で眠れないなんて…恥ずかしくて…言えないよ…

「上がれよ」
週末、約束通り、架月はリノベ研を休み、俺の為に時間を作ってくれた。
「うん」
考えてみれば、朝から架月と一緒なのは、1か月ぶりだ。
「なんだか、久し振りだよな」
「…悪いな、週末は一緒に過ごすって約束、守れなくて…」
「いいよ。せっかく架月が見つけた『やりたい事』俺は、全面的に応援しているんだから」
「…渉」
「だから……いいん…だ……」
…ヤバイ……なんだか、架月が隣にいると実感したら、眠気が……
「…なんだか、眠そうだ」
「ごめん…」
「勉強の前にその眠気をなんとかしないとな」
俺達は、そのまま寝室のカーテンを閉めた。

−−−−−10分後
「どうしたんだ?眠いんじゃなかったか?」
「ん~~眠い、はず、なんだけど、さぁ…」
やっと眠気が襲ってきたと思ったら眠れないってどうよ?
「渉が眠るまで、傍にいようと思ったけど一人にしたほうがよかったかな」
それも…
「いやだ…」
「うん…?」
「…いいよ…隣にいて……」
架月が、身動ぎをして、腕枕を促してくる…
「な、なんだか…恥ずかしいな…」
「渉が、ここに居て欲しいって言ったんだろ?だったら、俺の好きにしてもいいじゃないか」
「………ん」
…いいけど、さ、でも、さっきよりドキドキがひどくなったみたいだよ、俺……
「目、瞑れよ」
「……ん」
それももったない気もする…
「なんだ?気に入らないって顔だな。あ、だったら『ひつじ』数えてやろうか?」
「『ひつじ』?」
「ああ、♪ひつじが、1匹ぃ~ってやつ」
「ええっ?」
「いいじゃないか、数えてやるよ」
「なんだか楽しそうだな、架月」
「そうだよ…渉が、隣にいるからな……」

「……ひつじが、136匹、ひつじが、137匹…おい、渉、いったい何匹俺に数えさせる気だ?」
「ええっと……」
……眠れない……全然、眠れないっ。ってよりさっきより、目、冴えてないかっ?架月が、傍にいるのに、こんなにも心地いい体温を感じていられるのに…なんでかな…
架月が……傍に、いる、から−−−−−?
「せっかくの俺の好意を無駄にするするって気なら…お仕置きが、必要か?」
「お、お仕置きって、な、なにする気なんだよ」
自分的には、精一杯睨みつけたつもりだったんだけど…
「…誘ってるだろ…?」
「ば、ばか言うなよっ。さ、誘ってなんか…」
「さぁて、渉のひつじは、何所までいったのかなぁ?」
「…………っ」
そういいながら、架月は、唇を俺の胸に落としていく
「ほら…1匹、見つけた」
「……っっ」
「ここにも…1匹…」
「か……架月ぃ」
「あれあれ、迷子のひつじは、何所かな?ここ?それとも…こんなとこに…?」
これは、ひつじの足跡?なんて言いながら俺の胸に薄桃色の痕をつけていく…
「……んっ…ぁ」
「…おかしいなぁ、なんか声がしたけどあれは…ひつじじゃないなぁ」
唇が、微笑を捕らえたままの形で、また、もう熱くなってしまった胸に触れてくる…
「…ぁ……架……ぃや……」
「……聞こえないなぁ、迷子のひつじさん、出ておいでよ…」
悪戯を見つけた子供みたいに架月は「迷子のひつじ」を捜すことをやめない。
「何考えてんだよっ。この変態っ」
俺は、理性を総動員して、なんとか架月の顔を押しやった。
「……そうだよ…俺は変態だよ、渉限定の、ね?」
「俺限定って…」
「……渉…最後まで、捜させてくれよ…俺の…迷子のひつじを…」
優しく唇が、降りてくる…もう…俺に…理性は…消えた…
「…んっ……ぁ…ぁあっ」
「…もっと…鳴いてみせろ…よ…」
架月が、強請る…
「…なっ……そん……な……」
「…お前の…声が…聞きたい……」
「んぁっっ……ダ…メ………架…月」
…そのまま…俺は…架月の探し物に、なった……

「………………」
「…ん?なんだよ、その不満そうな顔は」
「………………」
「…足りない?」
「……っ、架月っっ」
「はは、冗談だよ」
…冗談だなんんて…そんな、爽やかな顔で言うようなことかよ…ったく、これじゃ疲労の倍増しだ…よ……
「…渉?」
「……ん?」
「今度こそ、寝られそうだろ?」
「何、言って…」
架月の予想どうり、俺はそのまま眠りに落ちた……やっと、俺に訪れた睡眠……

俺が、不眠になった理由…死んでも言わないことにした。は、恥ずかしいってこともあるけど…これは、俺に試練だと思うことにしたから…きっとこれからこんな事は、たくさんあるんだ。今までは学校の中という狭い場所だったけど今度は二人で「社会」の中で歩いていくんだ。OLの5人や10人っ、何とか出来ないでどうするんだっ、俺っ。
だけどぉ……
「渉、今日は、早いな、待ってたんだぜ?」
…ハイハイ…今日もご機嫌斜め、ってことですね。
「はぁぁぁ…今日も視線が針のように突き刺さるよ…」
この…悪魔めっ。
「なぁ、渉。その顔、なかなか、そそる…」
擦れ違いざまの囁き。
「………………っ」
な、なんだぁ~~~~っ!?架月……
「もしかして…………」
「何か言ったかい?藤井渉くん?」
やられた………
「なんでもないですっ、架月裕壱さまっ」


おわり