螺旋の糸



「…ん?なぁに………どうし……」
「俺、やっぱ、帰るわ…」
「…悟浄…………?」
極彩色のネオンに染まる部屋。
安っぽい香水の匂い。
寝乱れたシーツ……
「……ったく……」
情事の匂いを纏い、ベッドを抜け出す悟浄。
そのまま、呼び止める「女」を振り返りもせず、部屋を出る。
眠らない街の風が、悟浄の紅い髪を擦り抜けて行く。
「………どうすっかな……」
誰に問うでもなく、Hi-Liteを咥えたまま、星空を見上げた……


「……三蔵……三…」
「ま……待て………八……戒……」
「…意地悪……言わないで……くだ……さい……!」
抱きしめる腕は、優しく
語りかける言葉、誘惑のソレで
「…うっ………ん………」
絡まる指を首筋に感じながら、三蔵は瞳を閉じた
ゆっくりと、降りてくる、薄い唇……
ほんの少しだけの触れあいで、また、すぐ、離れる…
何度も繰り返す、kissの雨……
肌蹴られた法衣の襟元から、長い指が、そろり、と入り込む…
あわらになった肩口に落ちた、口付け……
…瞬間、這い登る、欲望…
器用な左手、帯を解く音が、室内に響いている……
今、目の前の「男」に、身を任す、普段の三蔵なら屈辱的なこと、なのだろう……
なのに……
身体を滑る指の感触が、心地よい、と感じてしまうのは、
いったい、なんなのか…
三蔵自身の中に沸きあがった感情は理解できなくて……息苦しくて…
喘いで伸ばした腕は、その「男」に捕らえられる……
「…逃げないで……三蔵……」
(……逃げる……?…俺が、誰から逃げるっていうんだ……
この糸の端を持っているのは、貴様、だろうに……)

身の内の熱さを必死で、隠す
引き起こされる感情、欲望……欲求……
白い肌が、闇に浮かぶ、淫靡な空間…
ピタリと合わさった互いの胸が、同じ、鼓動を刻み始める…
「……八戒…………何を……?…ああっ!!」
金の前髪を掻き揚げ、その額にも落とす唇
滑らす、首筋、胸元、
少しずつ、焦らすかの、ように………

(俺が…誘った……コイツを…失いたく、なくて……
なのに……息が……出来ない……俺は、何処にいる…?
……熱い……熱い……八戒……この熱さは、なんなんだ……?
…お前にしか、この熱い疼きを……止めらんねぇ……
…八……戒……………)

己の口から漏れる言葉は、濡れた声ばかりで……
自分の中に、こんなにも浅ましい感情が、あったのかと、辟易さえして……
それでも、欲望は、底無しに沸き上がる
それは、ふいで
八戒の口に含まれた、自分のソレを見下ろし……
背筋を強く、駆け登った痺れに似た欲望に
再び、漏らす、喘ぎ声……
「……あっ!!………あぁぁぁ……んっ
上下する唇が、もたらす刺激は、今の三蔵には、強すぎて
あっけなく、精を吐き出してしまう……

「…まだです……三蔵………」
声音は、優しく…
が…………
弛緩する身体を抱き上げられ、その両脚を高く掲げられる……
「…ナニ……を……?」
力なく、押し戻そうとする、足掻きは、すでに遅く……
八戒のすべてを受け入れた、三蔵の中に、再び、熱が、ともる……
「…うっ……!?…あっ………八……あっぁぁぁ―――っっ!!」
光、闇、輝き……温もり………
繰り返す、波に翻弄され続けた、刻……

――あなたが、欲しかった……

(俺の身体を貫きながら、アイツが…言った言葉だ……
…俺、が、欲しい、?…
俺は、誰かの、モノ、なのか、?
…アイツの腕の中で、感じた…欲は…俺の……なんだ……?)

―――『…三蔵…』……『…三蔵……?』

(…クッ……!俺を呼ぶ、アイツの声が、声が……
……俺を……犯し続ける……)

明かりが――消えた
見上げた宿屋の窓から……

『…あんたが、どんな結論、出したって、あいつは、お前を恨んだり、しねぇよ……』
そう、言ったのは、俺だ……
なのに、なんだ………?
ザラザラした、この感情は…………
……八戒………お前は、今夜、奴を…抱くのか………
俺じゃない………「男」を………


「っと……帰ってきちまったか……」
明かりが消えた部屋
――微かに、揺れる、二つの影を見たと思ったのは……
悟浄の心の中の、影……?

冷たい、ドアノブを回し、部屋へ続く、階段を昇る…
「……八戒……?」
(――チッ……なんで、おめぇが、そこから、出てくんだよ…)
「今、帰りですか?…悟浄……」
闇夜にもはっきり見てとれる、八戒の熱をはらんだ濡れた瞳……
そこには、もう、迷いは、無かった……
「…まぁ…な…………」
正視出来ない、八戒の視線を避けるように、自室へ足を踏み出す
「……………!?」
擦れ違い様、八戒の鼻腔に飛び込んだ、情事の匂い……
「…悟浄、あなた…………」
「…あ?……あぁ……安っぽい香水付けた、女、だったからな……」
「…………そう…ですか…………」
(……八戒………なんで、お前が、そんな顔をするんだ……!?……)
「…おやすみなさい……悟浄…」

八戒の言葉を背に受けながら、悟浄は、扉の向こうに、本当を、隠した……

「……う………ん…………」
「起こしちゃいましたか……?」
まだ、時間は、闇。
巡らした視線の先に、翡翠色の瞳が、あった。
(あったけぇな……)
お湯を含んだタオルが、三蔵の身体を清めていた……
確かな、意味を込めて……

「…何してやがる……?」
「…ちょっと、無茶、しちゃいましたから………」
「……フン………」
「…三蔵………?」
「………………………なんだ…………?」
「…ありがとう………」
「なんで……礼なんか、言われなきゃならん………」
「……わかってます…………三蔵………」
「ったく………自分勝手な…野郎だ………」
「…あなたに、言われちゃあ……僕も、おしまい、ですかね?」
「…煩せぇ………早く、寝ろ………」
「………はい…」


………肩、抱いてて、いいですか…?

…勝手にしろ……

……はい……


触れた部分から、流れ込むのは、

体温、

感情、

…充足した、眠り……

触れた肌から、溢れ出すのは、

温もり、

感情、

……愛しい、という、想い……


………俺の中のこの、訳わかんねぇ、モノの正体を……
…突き止めてみるのも……いいかもな……

落ちていく、眠りの中で…そう、思った……



「……三蔵、まだ、起きてこねぇの?」
悟空の言葉に、ただ、顔を見交わすだけの、二人………

三蔵が、あの扉を開けたとき、

何か、変わる、のか……………


END