scapegoat〜贖罪〜



「…もっと……来いよ………」
ベッドの軋む音だけが、響く、部屋。
『てめぇ……誰に………抱かれた……?』
突き放され、遠ざかった背中。 手に入れたはずのモノが、跡形も無く、消え去った、夕暮れ。 …感情を、忘れたのは……誰………?
「……寝たのか……?」
悟浄は、苦しい寝息を立てている隣の男を見た。 閉じられた瞼に、涙の影…
…せめて、お前が見る夢は、穏やかで…安らぐものであってくれ………!!

……私、悟能の手、好きだなぁ…… 指も長くて、すごく、綺麗……このまま………
…花喃…? 君、なのかい?

そして、八戒の手に触れていた指が、三蔵の指に、変わる…

…もう… 失うことなど、いやだ…… あなたを……失う……僕……?
…僕を、殺・し・て…… 殺してよ!!こんな僕を!!

…求めて、触れたのは、自分を見つめる、紅い瞳。 抗えぬまま、ただ、快楽にのみ、そのすべてをゆだねる…

…僕に出来るのは、それだけ……

「……三蔵……」
窓の外に三蔵の姿を見た悟浄は、その近くに歩み寄る。
「………なんだ…?…てめぇとは、話すことは、ねぇ……」
「…けっ……お言葉、だねぇ…三蔵様よぉ……」
「…煩い……それ以上、近寄るな…」 撥ね付けるような紫暗の視線に、咄嗟に、悟る、悟浄。 「あんた……知って…?…そんで、こんなとこで、いじけちゃってんの?」
「…………………!?…てめぇ……!!」
「だったら、話、早いでないの…?」
「………………………」
振り向かぬまま、紫煙が、立ち昇る、星の瞬かぬ、闇空に……
「…あんた……何してんのさ…」
三蔵の行く先を遮るように立つ、悟浄の指先に絡まる、髪…… 視界の隅にその茶色の髪を納め、視線が、揺らぐ…三蔵…
「……これ、誰んだか、わかるぅ?」
小ばかにしたような口調に知らずに懐に手が入る…
「…無力な子羊ちゃんに拳銃は…まずい、んでない?」
「…チッ…!!」
「…悪りぃけど……俺、マジ、だから……」
「何…を……」 「知らねぇ……なんて、言わせねぇぜ……」
「…………………」




悟浄…あなたに抱かれながら… 三蔵の事を想う事を…禁じえない……
…欺き続ける、僕を……許して……!!
冷たい指先、僕に触れる時のあなたの温度だ。 閉じられた扉のあなたに…
…好きだと、告げられたら……


「…長い、夜、だな……」
俺を抱いた腕に他の「男」の匂い… それが…何故あんなにも不快だったのか……俺は… …認めてしまえ…… 心の何処かで、叫んでいる…… 答えは、出て……いるのだと……
……八戒……俺は、お前を………!!

「…おい……」
「えっ…?さ、三蔵…!?」
不意に、背後から、掛けられた声。 洗濯物をたたむ手が止まる。
「話……あるんだがな……」
視線は、向こう…八戒の向こう……
「…え、ええ……なんですか…?」
「…………………」
…沈黙が、しばし、二人の間を占領する。 そして、時間を進めたのは……三蔵……
「……来い…」
すでに夕闇に包みこまれようとしている、戸外へ誘う…

「…一度だけだ……」
三蔵の意図する「一度だけ」 それは、八戒が、抱かれたあの………
「……ここに、いろ……」
立ち止まった木立の途中、振り向き様、一言だけ……
「……三蔵…?」
八戒を見つめる瞳が、濡れているようにも見え… 言葉を繋ぐことが、出来ない……

今夜は、いつもの煙草の影も無く、八戒の前に ただ、両の手を力なく、垂らしたままの三蔵… 噛み締めた唇が、それ以上の「言い訳」を 拒んでいるようにも見え…… 八戒は、静かに腕(かいな)に抱き込んだ……
「……言ってください……三蔵…聞きたいんです…あなたの『言い訳』を……」
途切れた糸、閉ざされた心、罅割れた時間… 足掻き続け、辿り着いた、その頂き… 仮初の時間、罅割れたままの心を互いの中に沈めながら、 ただ、抱きあう、二つの身体…
…唯一、欲していたモノ ただ、ひとつの『対』 …無くしては、生きていけないモノ……




……あなたに……触れたかった…… 気が、狂うほどに……!

……八戒、俺は……

……何も…言わないで…ください…… もう、何も…… 抱き合っている、今だけが、真実です…ねぇ…?三蔵…

……ああ……お前が……そう言うんなら… そう、なんだろうな……
……八戒……

…ん?……なんですか……?……

……もっと……強く……抱け……

…はい…………





…終わりの見えない旅を続けながら 互いの真実を探し、見つけた、この時…
…たとえ、それが、諸刃の剣であろうとも… 今は、この肌の熱さを信じたい……
そう、願うのは……




……は……八戒……!

…三……蔵……?…苦しい…んですか…………

…違……う……うっ……!……お前に……

………はい…

…言って………おき……たい……くっ……! …少し、その腕……緩めろ……

……いやですよ……もう、離れたく……ないですから……

…お前なぁ……………

…冗談です………言ってください…三蔵……

……やめた……

…何故です……?……言わないと……………

……!?…な、なにをっ!?……

…降参、してください……


見下ろす翡翠の瞳が、揺れて、誘う……


……わかっ……た……だから…緩めろ……

…はい………


……暫く……交じり合う、視線…… ついと、瞳をそらして……呟く、初めての…告白……


……お前が………好きだ………

……!? ……そん……な……三蔵……


突き上げる衝動に先の言葉は、意味を持たず、 ただ、掻き抱く肢体は、どんなに求めても充足することもなく…… 高ぶる波だけが、互いに存在していた……


…僕の勝手な想いだと……そう、想っていた…… 十中八九、迷惑にしなかならない…
我がまま意外の何物でも無い、僕のこんな想い…
それをあなたは、受け入れてくれるという…
……もう、このまま、消えて無くなったって、いい……!!





「……もう、俺の腕は、必要ねぇよな……八戒……」





END