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「三蔵!サボっちゃ、ダメです!」
…なんで…この俺が……
「さぁ!そっち、持ってください! 一人じゃ、運べないんですから!」
…だから……俺は、どうして、こんなモン、 持たなきゃ、なんね……?
「ったく……銃より、重いもの、持った事無い、 なんて陳腐な言い訳、聞く耳、持ちませんよ!」
…そんなこと…誰も、言ってねぇだろーが……
こっちは、三仏神の命やらなんとかで… めんどくせー事になってんだがな… なんで、朝っぱらから、八戒に怒鳴られなきゃ、 なんねーんだよ…ったく………

今朝――

「今日の天気予報は、快晴だそうです! お掃除日和、なんですよ!」
ご丁寧にも朝日を背負って、 俺の執務室に顔を出したのは、猪八戒。 ついこの間まで、猪悟能と名乗っていた、男だ。
…罪の意識に苛まれ続けるヤツを救う為…
肌を重ねた…
あいつの自虐行為を止めるには、それしかない… そう、思ったからだ… あれから………
「三蔵!また、ボンヤリしてっ! 次は、こっちの部屋です!!」
嬉々として… フン…ったく、ガキみてぇな顔で、俺を手招く……
(仕方ねぇ…付き合って、やるか……)




それから、小一時間……
たっぷり、埃と汗にまみれた俺達は、 なんとか小奇麗になった一軒屋の前に立っていた。
「ねぇ、なかなか……だと思いません?」
「……何がだ……」
「僕らの新居に、です」
(…はぁ……?)
「言っている意味が、わからんが…」
意味ありげな視線が、俺に纏わりついて…
…玄関の前で、こっちを見てる……
アイツの翡翠色の瞳が…
…正視、出来なくなった…

「ああっ!三蔵、なんだか、 最初にこの部屋に入った印象と違いますよ!」
笑い声を上げながら、振り向いた八戒… そう、言われて、改めて室内を見回す…
(……そうだな……違うな……だいぶ……)
「…さっきの事なんだが………」
「はい?」
「どういう意味だ?」
「……言葉のとおりです」
「悟浄は……」
「もう、言ってきました。 僕、三蔵と暮らします……って……」
「…俺と……暮らす……?」
…少しだけ…首を傾けた八戒が、言葉を続ける…
俺は、黙って、その言葉を受け止める……

「……ああ…言う順番が、違ってましたね。 僕は、少し、慌ててたみたいです…… まさかあなたが、素直に掃除の手伝いをしてくれる とは、思っても、いなかったので……」
「………………」
「…三蔵……」
今度は、真剣に正面から、 翡翠色の瞳が、俺を射抜く……!
「……僕と…一緒に暮らして、下さいませんか?」
「……………………ああ」
…その時…どうしてそんな返事をしてしまったのか ……今でも、わからん……
だが……
こうして、隣にアイツが、居るのも俺が、望んだこと なんだ……そして…




「……八…戒………っ!?」
「…声を…聴かせて…下さい…あなたの声を…」



…肌を……
何度目かの肌の触れあいは、 俺にとって…もう……手段では…無くなっていた…
互いに求め合う、熱が、そこにあるだけで……
俺は……こいつを……欲して、いるんだろう…
…たぶん、前より、ずっと……
手を伸ばした先のまだ、 紅く引き攣れた傷跡に触れれば、 アレは現実だったと、思い知らされるが…
今は、そんな事、どうでもいい……
この肌の熱さが、あれば…………
それだけが、真実、なんだろう……
な?…八戒………
…俺とお前の傷跡が、そう、言ってる……
これから、どんな事が…待っていても…
それは、変わらない… だろ……?

…… なぁ……八戒…………


END