堕天使による5題

1.聖なる伝言




声が、聞こえる
忘れられない、愛しい声が―――

逢えなくなって、どれほどの時間が、過ぎたのだろうか
私は、時間を止めたまま、あの方への思いを心の糸に奏せるだけ

声が、聞きたい
あの方が、私を呼ぶ声を―――

独りの時間など無かった――いつも声がしていた―――

だから、たまらない
声を、聞くことができない、それが―――っ

独りの時間などは、いらない―――
私も共に 堕ちて行きたかった―――
どうして、連れて行ってはくれなかったのか
私は――私の存在は、銀の翼の方よりも、劣る存在、だったということなのですか?

途切れてしまった声を

再び、この身に受ける事が、出来たなら
もう―――離しはしない

何が、この身に起ころうとも――決して――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


〜ROSE QUARTZ〜

「どうした?そんなに面白いか?俺の顔は」
「え?」
ユダ…?これは……?
夢、だったのでしょうか―この人が堕天したことは…
「さぁ、呆けている時間は無いぞ、今日中にこれを片づけないとな」
「……はい」
それでもいい…こうして共に居られるのだから…

それからの時間は、やはり夢だと思わなくてはいけないほど、私の思いを具現化した事ばかりだった。
夢中で時間を過ごす。会話が途切れたら夢が醒めるかもしれないと異常なほど、神経を高ぶらせながら……
「…ではな、また明日」
『また、明日』なんて残酷な言葉なのでしょう。二人に明日は無いと知っていてユダはそんな言葉を私に示すのだろうか。
「いやです…」
そんな言葉が、私の唇から発せられたとしても、それは、私の本心。
「…そんな事を言ってはいけない…俺の理性にも限界があるんだぞ?」
そんなもの…ココでは、無意味です。そう、大声で叫びたかった。だけど…
「明日、ゼウスに呼ばれている。今日だけは、お前の我儘を聞いてやることが出来ないのだ」
背中が遠ざかって行く…視界が、白く、染まっていく…
「やはり…夢でしたか…」
ベッドから見上げた天井は、見慣れた木目。もう一度、眼を閉じれば、逢えるかと思いかけたが、今は、現実。
日常に還るしかない。溜息と共に身体を起こすと何か左手の中に異物感。
「これは…」
薄桃色の石。
「薔薇色石英…?」
手に握りこんでいたのは、半分、欠けている、ローズクォーツ。
「どうして、これが…?」
『雨が、ひどい。こっちに来るんだ』
「…ユダ……?」
聞こえたのは、雨の日のユダの声。
「ああ、そうだ……あの時…」
行ってみよう……

「ここに再び訪れる事になるとは思ってもみませんでした…」
いつだったか……山の頂に咲くというアポフェィという薬草を共に探しに出た時だった。
存外、楽に薬草は見つかったが、帰路、天界には珍しく、雨が降った。
もうすぐ屋敷なのだが、ユダは風邪をひくといけないと、強引に東屋へ私を連れていった。
「これは…」
二人で腰かけた白木の椅子の亀裂に何か押し込まれている。ちょうど指が二本入るほどの大きさ。
「まるで、取っ手のようですね」
何気なく亀裂に指を掛けると、動いた。座面が、蓋になっていて空洞が現れ…そこには…薄桃色の石が、示した先に書きかけの手紙が、揺れていた。
「こんな場所に…」

『シン、お前と過ごす時間は俺にとって、至福だ。叶うなら、もっともっとお前との時間が欲しい…
こんなのは、俺が我儘なだけなのだろうが、どうしても譲れない。
だからシン、俺は、願いたい、お前が、俺と同じ気持ちでいてくれることを。俺は、お前が――――』

そこで文字が途切れていた。慌ててここに手紙を納めたのだろうか、端に大きな折れ目が入っている。
「ユダ…あなたは私に何を伝えようとしていてくれたのですか?」
今はもう、確かめる術も無いというのに…どうしようもなく知りたくなる。この文字に続く先を……
「私達はまるで、この手紙のようですね。前にも後ろにも進むことが出来ない。私達の関係のような…」


…ユダ……今、どうしても、あなたに………逢いたい………


END





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