Silent Sweet




―――このまま…三蔵が戻らなかったら…

  僕達は、

  僕は、

  どうなるんでしょうねぇ……

  三蔵が、三仏神の命で、幾日も留守にする事など、日常茶飯事、だというのに…

  何故か不安が、付き纏う…

「僕は、寂しいんでしょうか?」




――― 花喃を失って、宙に放り投げられた僕の心。

  あのまま、消えてしまう筈だった僕を拾ったのは、

  三蔵。

  ココに繋ぎ止めた、金色の光……

   
   『お前が、生きて、変わるものもある…』


   「僕は、疑り深い性格でしたっけ?」




―――なんて…

  自己分析なんて、飽き飽きする程、しましたね……

  今更、です……

  だけど……



「……ああ…雪…」



温度。

透明に冷え切った外気温が、

程よく温まった室温が、

狭間の硝子窓を曇らせる。

その向こう、続く道は、闇に溶け、先を失っている。

瞳を凝らしても、見える筈の無い姿を探し、

触れた、硝子窓。


「だから、こんなに静かなんですね……」


真夜中に降る雪。

雑多な音をすべて消し去って、八戒の耳に届くのは、己の鼓動のみ。

待ち人の姿を求めて、あがく、鼓動の音だけ……


「なんて…詩人みたいな事、思っちゃってますね……」


一人ごちてみても、答えが無い。




―――傍らに三蔵がいないだけで、僕の心は、一足飛びにあの日に帰ってしまう。

  正気で…

  いられなくなる……

   
    自分が、消える筈だった、あの日に…






  『…明日から、留守にする……』

『はい……』

『……ん?』

『…だったら……もう少し……いいですか?』

『あん??』

『このまま……あと幾日かあなたに触れられないなんて…拷問ですから…』

『…………!?…ばっ……!?ばかやろぅっ!!…何をっ!?』




―――まだ、色濃く残る鎖骨の痣をきつく吸い上げ…

   三蔵の声を確かめた……

   二人の体温の混じりあった下肢の熱さを

   舐めあげた……




『…あなたの熱が…消える前に……帰ってください…』

『……うっ…!?…てめぇ…………』

『…一人寝は、寂しいんですよ?…あ、三蔵も、でしょ?』

『……勝手……言ってろ……!』

『…クスクス………はい…』

『…それより……』

『……え?』

『…もう、十分、だ……来い……』

『…………はい』



快感に跳ね上がる身体を組み敷き、

己の熱を突き刺す…

乱れたシーツを握り締める指を

引き剥がし、

縫い止める、情熱の在り処に…

濡れた唇が、名を叫ぶ、

高く掲げられた双脚が、絡みつく、熱の在り処に…

触れた肌から、

溶けて、

入り込みたい…!

欲望が、首を擡げる…

…熱いと

苦しいと

永遠の刻を足掻きながら………

…ただ、抱き合う…


『……八戒…』


声が、残る、身体中で、感じた、三蔵の熱さ…











「…僕は、何を………」

音の無い部屋で、想いは、果てなく、三蔵に向かう……




―――このまま、この、まま……




冷酷な硝子窓に押し付けた額が、熱を持ち始める…

一刻前は、痛いほどの冷たさを感じていた。

体温が、元に戻ろうと、熱を発する。

触れた、部分から……



「……あなたを……抱きたい……」


振り払おうとすれば、するほど、

絡みつく、声……


『……八…戒……』


熱に浮かされた声が、

伝染する、八戒の身体に火を、点ける…



「…あっ…………ん……」



己の下肢の伸ばされた指が、首を擡げた欲望を開放しようと、

蠢く…

深い快感のうねりを呼び起こそうと、


撫で上げ、


包み込む……



『…八……戒……もう……!!』



呼び起こされたのは、声。

濡れた、三蔵の、声。


「うっ……!あっ……あぁぁぁぁ………!!」


指の隙間から、零れ落ちた、白い液体…

床を濡らす、水音………


「…はぁ………はぁ…………僕は…………もうっ……!」


汚れた右手を見つめ、自嘲する。


「…ヤバイですね……これは………」










窓が、カタカタ、音を立てる……

風が、強くなったみたい、だ……














「なんだ?赤い顔をして…」


ノックもせず、三蔵が帰宅したのは、それから、半時もしなかった。

まだ、身体の火照りを収められないまま、八戒は、三蔵を迎える事になった。




―――ずいぶん、涼しけな顔でご帰還ですねぇ…

   それは、理不尽な怒りだとわかってはいたが、

   止められる筈も無く……


「…三蔵!!あのですね……!」


「ほら……」


八戒の抗議の言葉は、投げつけられたモノによって、消えてしまうしか無くなる…


「なんです?これ…」


八戒の手の中、銀の鎖に繋がった小さな緑玉の首飾り。


「それぐらいなら、邪魔にならんだろう」


肩についた雪を払い、濡れた法衣を平然と脱ぎ落としながら、三蔵は言葉を続ける。

露わになった肌が、少し、青ざめている。


「えっと………」


「あ?」


溶けた雪が、濡らしてしまった前髪を掻きあげて…振り向く…

その胸元に自分の手の中と同じ色があるのを認める…


「…あ、れ…?」


「……チッ……!!」


八戒の驚きの声に、ふいと、横を向く。

油断した、

その横顔には、そう、書いてあるのが、わかった。


「…『お揃v』なんですね?」


「気色悪りぃ、言い方をするなっ!!」


「はいはいvまったく、素直じゃないんですから」


「…うぅっ……殺す……!」



カチリと



撃鉄を起こす音に、慌てて、ホールドアップ。

そして、そのまま、三蔵の胸に倒れこむ…


「…ばかやろう……撃っちゃいねぇ……」


「…いえ…命中しましたよ……僕の…ココに……」




自分の心臓を指差し、顔を上げる。

どちらからとも無く、近づく、唇…

待ち焦がれた温もりを、貪る…


「……お前は、俺がいなきゃ…だめだな……」


「あれ?それって『愛の告白』?」


「………………………」


「…たまには、いいじゃないですか?三蔵…」


「…ふん……俺に言わせたきゃ、お前を見せろよ…」


「……後悔、しますよ…?」






三蔵の冷えた身体を自らの体温に巻き込む

明かりを灯したままの部屋に

晒す、裸身…

埋めた金糸から、濡れた、水の、匂い…

欲した肉に注ぎ込む熱…

三蔵の喉が発するは、愉悦の呼気のみ…

伸ばした腕は、欲を引き寄せる手段、

薄桃色に染まる首筋に

覗かせた、淫蕩な笑み……

互いに溺れながら、

互いを食い尽くすまで…

抱き合う、繋がり……

快感の高みへと……

小波のように震える、身体を…


――――抱いて……


「…ここに……いろ……」

「…三蔵………」

「…お前しか……いらない……」

「…………はい…」

窓に映るは、目覚めの光。

輝きだした刻をその広げた両手に受け止めよう。

二人、結ばれたまま…

…同じ道を、歩く為に…


END