「おい!田中くん〜私的完結編〜」




健司と別れて…何日、経ったのだろう……
親父の手術は成功した。今は、自宅で静養だ。医者からは、奇跡だと言われた。しかし、単に延命措置である事に変わりは無い。いつか、親父との別れが来るだろう。その時、俺は、どうなるのだろう。健司を失い、父もまた…その時、俺に何が、残るのだろう…………健司…お前に逢いたい…お前の声が聞きたい…勝手、だよな……自分から別れを切り出しておいて。
今更…
この気持ちは、自分で何とかしなくてはならない。
そう、決めたじゃないか………
「兄さん…?」
「……ぁあ、悪い、何の話だっけ?」
「疲れてる?兄さん…」
「いや……大丈夫だ……」
また……お前の事を考えてしまった…
…忘れなきゃ、だめだろう………?
親父の退院が決まったと同時に俺は、親父の会社の社長代理、という役職に就いた。宝石に関してのノウハウが皆無の俺は、当面は親父と会社のパイプ役、という事になった。親父の同僚は俺を温かく迎えてくれた。何でも力になると、そして、親父の作った会社を守ってくれと、懇願された。俺は、その言葉に頷くしかなくて……

―――あぁ……健司…また、お前から、遠くなってしまった……な……

慣れない仕事にクタクタになって戻る、まだ、見慣れない自分の部屋は、白々しいほど俺を受け入れない。扉を開ける度にお前がいるんじゃないか、馬鹿な期待をしてしまう。
『おかえり、遅かったな…』
耳に残る、お前の声……
「……幻聴まで聞こえ始めちゃ、重症だな……」
お前に抱かれたあの日…俺にとっての最高の時間…忘れたくたって、忘れられない時間…離れれば離れるほど、お前の体温が近くなる。お前が、欲しくなる…もう、俺は、どうにかなってしまいそうだ…俺に足りないものは……健司……………お前、だ………
お前だけがいなくなった生活、何も変わらず、時間だけが、過ぎていく。俺の中に埋められない、心の隙間を大きくしながら……
春の空に降る雪。
断ち切らなければならない想い、断ち切りたくない、想い、愛、おまえの温もり……




愛している、二郎……そう、呟いたって、誰も聞いちゃいない…お前に届くはずもない……親父さんの手術は成功したのだろうか……向こうでの生活は、うまくいっているのだろうか………言えなかった『さよなら』それが俺にとってよかったのか……振り切る為にも、ちゃんと言えばよかったんじゃないか…?……考えても、詮無い事なのに…もう、変わらない。今は、変わらないのに……
…最近の俺は、問い掛けだけが、頭を占領している。
「おかしく、なっちまいそうだ……お前が、いないだけで……」
もうすぐ、春の人事の発表される。もう、俺にとってはなんの意味も成さない事だけど……正式な発表があってから、俺は、この部屋を出るつもりでいる。
お前との想い出のベッドだけを持って……
「……空が、高くなったなぁ………」




「ええ、わかりました。今後は、そのように…」
クライアントに深々と頭を下げ、今日の仕事は終了した。眠れなくなって、どれくらいだろう…親父の具合も良くない…頑として再入院を拒む親父に三郎と二人、最後の時を住みなれた自宅で迎えさせてやる事にした。だが、現実はそう、甘くはなかった。仕事をこなしながらの重病人の看護は、並大抵の覚悟では、出来ない事だった。昼夜を問わず、痛みを訴える親父に鎮痛剤を打ちながら、俺の心は……光を、失っていった…
食べる事、
眠る事、
息をする事さえ、今の自分にとって義務でしかなかった。ただ、生きている、先の見えない、道を手探りで、進みながら。待っている者もいない、空虚な未来に向かって……






「ようやく…着いた……」
降り立った空港の寒さにシャツ1枚で来た事を後悔した。だけど、反比例して俺の心は、温かい……何も言わないでココまで来てしまったけど…良かったの、かな…?少し、不安だよ、二郎……ともかく、行こう。この道を辿って……
驚く、だろうか…俺を見たアイツは……どんな、顔をするんだろうか……アイツは……俺達にどんな明日が用意されているんだろうな……早く、行こう………!


「ふぅぅ……………」
……疲れた……
親父がまた、痛みを訴えた…もう、眠ってくれたが……いつまで、続くのかと、悪な感情が俺の心に巣食い始めた……三郎も疲れた顔をしているな……大学も何日休ませてしまったのか………まずいな…このままじゃ……俺も三郎も………
「………あ、ビール、切らしてたか……」
コンビニ、行くか……
最近は、酒の力を借りなくては、眠れない。もう、一歩も動きたくは無いが、仕方ない…
「えっと……財布……」
マンションの1階に下りた俺は、ポケットの中の財布を確認すると、エントランスの硝子扉を思い切り、押した。
「うわっ!?」
ヤベ……前、見てなかった……
「すみません!大丈夫ですか?」
「……てててててて…………」
俺の目の前に大きなボストンバックを抱えた男が派手に尻持ちをついて、呻いていた。……怪我、させちゃったかな……ホントにどうかしている、俺は……助け起こそうと伸ばした腕が、それ以上先に進めなくなった。
……この感じ……
もしかして………
この声は………一日だって、忘れた事は無い、この声は……
「…ひでぇ、再会だなぁ…二郎……」
そう、笑って俺を見上げているのは、
「…健司……?」
「……久しぶり…」
ゆっくりと立ち上がった健司が、今度は、俺の顔のすぐ前で、微笑んでいる。
「…どうし……………」
「転勤になったんだ。ニューヨーク支店に」
「…えっ……?な、何……?」
「クスッ………なんて顔をしてんだよ?俺の事、忘れちまったのか?薄情なヤツ……!」
目の前に健司がいる、俺の目の前に健司がいる、体温を感じられる近さで健司が笑っている、
俺の…健司が…………
「…健……司………!」
俺は、もう何も考えられなくなって、力任せに健司を抱き寄せた。幻ではない、健司をその身体を抱き締めた。懐かしい感触は、忘れられなかった熱さは、そのままで……俺の思考は、混乱の極地だった。何か、健司が言っている。だけど、俺の耳には、届かない。ただ、腕の中の温もりが、嬉しくて…ただ、それだけで…………どれくらいの時間、そうして、健司を抱き締めていたのだろう……
「…もう、満足した……?」
耳元に降りて来た言葉に、俺は、ゆっくりと振り仰いだ。
「……健司……………」
「早く、夢から覚めてくれよ。これじゃあ、先に、進めない……」
苦笑いをして、健司が、kissをした。それだけで俺の理性は、飛びそうだった。
「…二郎………逢いたかった……」
とうに健司の理性も飛んでいたのだろう………気づいた健司自身の熱さが、俺に、伝染した…

「……うっ……あっ、あっ、け、健司………!!」
俺達は、縺れる様にエレベーターへ乗り込んだ。自室の階のボタンを押す指が、震え、カチカチと爪が音を立てる。健司の手が、俺の胸元を開いていく。ためらいも無く、唇をおとし、きつく吸い上げ、朱の痕を残していく…目の前で揺れる健司の黒髪に指を絡ませて、もっと欲しいと身を摺り寄せる…乾いた金属音がして、目的の階に着いた事を知らせた。でも、俺は、動けなくて……
健司の腕が、
指が、
唇が、
熱くて……
もう、一時も離れていたくなくて…俺は、動けなかった…

「…部屋、何処……………?」
扉が何度か、開閉を繰り返した後、健司が、聞いた……俺は、無言のまま、健司の手を取り、5031のプレートが掛かる扉に鍵を差し込んだ。扉が、音も無く、開く……俺を受け入れてくれなかった部屋に色彩が戻る。生きて、呼吸をし始めた、部屋……健司が、ここにいるだけで……今朝、起きたままの寝乱れたベッドに俺は、誘う…健司が来るなら部屋を掃除しておけばよかったな、と、今更な事を考えたりして、俺はもう一度、部屋を見回した。空気が俺を抱き締めているようだった。
「…二郎……どっちを…見てるんだよ……」
ふいに背後から、抗議され、同時に抱きすくめられる。
「…悪い……俺、なんだか…夢を見ているようで……」
懐かしい温もりを背中に感じながら、俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「夢、なんかじゃないさ………それを今、証明してやるよ……」
「…健司……」
その名前を口にして、答えが返ってくることが、信じられない。いつも宙に溶けてしまった名前…俺は、もう一度、名前を呼んだ。
「……健司……逢いたかった…!!…もう一度、俺を抱いて……」
それが、切望へのスイッチで、俺は、熱情の波に攫われていった。性急な愛撫に過剰なほど、俺の身体は反応して……止まらなくなった……
「……んあっ…!…や……ぁぁ…………あぁぁ……!!」
与えられた口吻は、俺の羞恥のすべてを剥ぎ取って、裸にする…健司が、欲しいと、疼く身体を捧げ出して、懇願する…もっと、愛して欲しい……健司が存在していなかった時間を埋めて欲しいと、叫ぶ……
「…いい…か?もう、入れて……」
余裕の無い声が、俺が待ち焦がれた台詞を吐く。
「…あぁ………入れて……早く……!」
自ら腰を上げ、求める……溢れ出た蜜が、健司の侵入をたやすくしていた……押し広げられる圧迫感は、慣れないものだったが、奥まで入ってしまえば……
「……うっ…!!……あぁぁ……ダ、メだ……そんなに……!」
俺の中を占領した健司が、愛しくて、自ら身体を進めた。健司も濡れた声で、囁く………
「…二郎……!…ずっと…こうしたかった………!」
「…お…俺も………んっ!……ぁぁッ!!」
ゆっくりとそして、確実に俺を追い詰め、快感の高みに突き上げていく…
健司の動きに合わせて、俺は、もうそこまで来ている大きな波に逆らえなくなっていた。「…も…う……俺………健司………ぁ……もう………!!」
「……あうっ!……そんな風に言って……俺をあんまり……締め付けるな……」
「…だっ…て……ダメだ……我慢………出来………んく……ぅ…!!」
「…んっ……!!じ…二郎………!!」
深く健司が、突き進んでくる……何か、弾ける音がして、俺は、すべてを吐き出していた…そして、健司も俺の中に熱を放った……

いつの間にか意識を手放していた俺は、優しく髪を梳く、健司の指の感触に目覚めた…
「……ごめん……キツかったか……?」
目覚めた俺の眼前に健司がいた。日本に居た頃のように俺の傍らに、健司が居る。触れて、抱き合って、思った。こんなにも俺は、健司を欲していた。生きる事を放棄するほど…今は、わかっていた。あの時、別れるべきでは、無かったのだ。余計な遠回りをした。俺と健司は……
身勝手な行動で勝手に別れを告げたのに、健司は俺の傍に来てくれた。俺の傍に…もう、迷わない……どんな事があってもこの温もりだけは、手放したくない。
永遠に……

それから3ヵ月後。
親父は、天国に旅だった。
その時も健司は、俺の傍にいてくれた。
…悲しみは、尽きなかったけれど、俺を抱きとめてくれる腕が、あったから…
涙の量が、減った気がする……
これからは、二人で生きていく。
このニューヨークという街で。


「…健司………」
「ん?」
「……俺達、もう、離れ離れになるのは、よそうな……身体に悪い……」
「……ははは、そうだな。俺も…おんなじだ、身体に、悪い……」
摩天楼を見下ろす窓の前で俺達は、kissをした。
何度も、何度も………




Happy End………