天狼星、輝く… 




――閃光 片目を射る光が四方から、八戒を包む……
「…八戒……!……八戒――っ!」
自身を呼ぶ、三蔵の声が、遠くなる…… 無意識の中に、
――もう、逢えない――
そんな、漠然とした、想いに囚われ、思考が……停止する…
「八戒――――っ!!」
両手から零れる白い闇が、触れるモノを消していく… もう、逢えない…と…………
「――――――――っ!?」
現実は、夜の闇で… 慌てて、隣のいるはずの人を見やる…
「……夢……?…なんですか…」
……それにしては、あまりに……リアル、でしたね……
飛び起きた拍子に、たぶん、大きく揺らいだろうベッドの上でも、 三蔵は規則正しい寝息を立てていた。
「…すみません……ちょっと、シャワーを浴びてきます…」
身体中に残る、白い闇の感触を拭い去るように、熱いシャワーを浴びる、八戒だった……


『天狼星、輝く…』


…いつの間にか…己の心に入り込んだ想いに、 身勝手な想いを投げつけた、果て…
行くあてを失った想いが、足掻き苦しむ様を 掻き切った喉の熱い、血潮に紛らせ…
融けるはず…だった その――― 想い――― は、確かな場所を得、受け止められた…
だが―― 時間(とき)が、止まらぬように、想いも、止まることを知らない
― 擦れ違い、求め…求め続けて、身を捩って、叫ぶ…… ただ、唯一の、名を――
――流れる、血の涙と共に 音にならない声で、虚空に向かって、叫ぶ……

「いやな…風ですね……」
三蔵一行の行く手。魔の匂い……
……神音が響くはずの場所……封印された、一本の刀……
「あれは……」
「日本刀……だな……」
神剣 水蛇(みづち) 日本に伝わる、神が創った剣。その刃は、どんな魔も切り裂く、という……
「神剣…という事でしたけど……これは、この感じは……」
「…妖気、そのものだな……」
「ええ…そう、みたいですね…」
見据える視線の先…禍々しい闇の刀… その視線の中に、三蔵の姿は…無かった……

数日前――
「……おい……」
「…ええ……深夜の訪問者……ですねぇ…」
四日ぶりの宿のベッドの上の安息は、長くは続かなかった… 窓の外に……妖気の気配…… 『連鋒』と名乗った妖怪は、単身、一振りの太刀のみで襲撃を仕掛けてきた。
…それは、魔剣に呼ぶにふさわしく、従来の攻撃、すべて…… 弾き返した……
「…おい!三蔵!!このまんまじゃ…お肌も荒れるお時間になっちまうぜ!」
「……チッ…!…なんなんだ?あの太刀は…」
悟空が、かろうじて妖怪の太刀を抑えている…
「……!今だ!三蔵!!」
悟空の合図と共に昇霊銃を構える…… が………
「………!?くうっ………!?」
そのまま、三蔵の動きが止まった……
「………三蔵?」
襲撃者は、一行の視界から、霧散していた……
後には、砕け散った硝子が、金色の月の光に輝いているだけだった。



「街の人の話じゃ、ここ最近だそうですよ。でも……」
「………あ?」
「でも、刀が自分の意思で、人を斬る…なんてことが、現実にあるんでしょうか…」
「…生きてりゃ、可能だろうが……」
「え?」
「…生きてんだよ、この刀は。汚れきった魂が見えやがる……!」
三蔵の紫暗には、見えているのか…?妖刀 水蛇 に宿った鼓動が……
「で……どうすんだ?この先……」
「俺が、様子見てこようか…?」
一本の刀を前にして、思考を巡らす一行…
「……待ってください。僕が、行ってみます」
「なっ……!?独りでなんて、アブねぇよっ!俺も行く!」
悟空が、鼻息も荒く、前に進み出るが、八戒に押し留められる。
「いいえ……何かあった時、僕のほうがうまく対処出来ると思います。 悟空は、三蔵の側に居てください。悟浄…」
わかっている、といった風情で立ち上がる。
「…決まったんなら、さっさと済ませちまおうぜ?」
「…ええ、お願いします」
二人は、水蛇に向かって、歩を進める。 鈍い光が、八戒を…誘っているようにも、見える…… …柄を鎖に繋がれ、一枚岩に突き立てられながらも尚、 その妖気は衰えることは無く、八戒の脳に焼きつく、 青白い揺らめき…連鋒の姿は、無い。 確かな鼓動までをも感じ取ってしまうのは、さきほどの三蔵の言葉のせいか…?
……目が……離せない………!
「……おい…八戒?…大丈夫か?」
悟浄が、前を歩く八戒の肩に手をかけようとした、その時―― 鎖が、砕け、空を切った切っ先が、八戒めがけて――跳んだ―――!
「「―――――――っ!?」」
後方でその様を見ていた、三蔵、悟空も八戒の元へ駆け寄る。 が、刀は、すでに八戒の手に収められ… そう、まさに『収められた』という表現が、正しいだろう。 振り向いた八戒は……… 水蛇の宿主と化していたのだから………
「……ちぃ……っ!……憑かれやがったかっ!?」
三蔵の昇霊銃が標準を定めるより早く……水蛇は、その身体を真横に振り抜いた……

ポタッ……ポタッ………

洞窟の岩を紅く染める、最高僧の血液……
「………くぅっ……っ!!」
「「三蔵っ!?」」
膝を落とした三蔵の肩を庇う悟空の目に映った情景は……
「八…戒…?」
色を失った翡翠の瞳が、大きく見開かれたかと思うと、その姿が、揺らぐ、 八戒の身体が……大きく、揺らぐ、そして、透き通っていく……
「ま、待てよ!なんなんだよ、コレっ!!」
悟空の驚声に途切れかけた意識の隙間から、八戒を見る………
「……………っ!?」
八戒の腕が、三蔵に伸ばされた、刹那……血に濡れた水蛇の中へ八戒が、 消・え・た… …



………八戒っ!!

…… 三蔵の意識が、そこで、途切れる…


…… 熱い………焼けるように……胸が……… 妖気を吸った水蛇に与えられた傷は、深く、街へ辿り着くまでに、多量の出血をしていた。 しかし……今は、いつもの治療をしてくれる、八戒は、いない……
「……悟浄…」
悟空が、情けない声で、涙の滲んだ金の瞳をあげる。
「…待つしかねぇよ……三蔵がこんな様だし………アイツの対抗策も… …もうちっと、考えなきゃなんねーだろーし……ま、大丈夫っしょ……」
「な…なんだよ!そういう理屈はどっから、出てくんだよ!こんな状態なのにさっ! 三蔵は怪我しちまってるし……八戒は、刀に吸い込まれちまったんだぜ!? やる気ねぇんだよ!悟浄は、いっつもっ!!」
そうやって、毒舌することでしか、不安を隠しきれないように、 悟浄に言葉をぶつけて…部屋を飛び出して行った…
「…痛っ………!」
「もうちょっと、寝てな……」
意識を取り戻した三蔵に、Hi-Liteを咥えたまま、嗜める… と、言っても言うとおりになんかしねぇだろーな、という前提の元でだが……
「……八戒なら…………アソコ……」
悟浄が指差した、窓の外……あの、洞窟………
「あのまんまにしてきちまったぜ……」
「……………………」
再び、赤い血が染み出した胸の包帯を憎憎しげに掴み、 言葉も無く、窓の外を睨み続ける三蔵だった……

……なんで、この身体は、こんなにヤワなんだ……?
お前が、ここにいないというのに……っ! くそぉ…人間の身体が、今日ほど、憎く思った事は…無ぇ………!

『…シャワーを浴びてきます…』

あの時の八戒…… 訳を…聞けばよかったのか…?
……あいつのあんな…顔の…意味を……
…八…戒……

「……んで、これだけの情報で、どうする?」
悟浄が仕入れた情報。 滅多に足を運ばない地元の寺院、古文書の類を置いてある場所、 集められるだけのモノを持って、三蔵の枕元に立った…
…やる気、満々……では、無い……すべては、八戒の為…… たとえ、八戒の目が自分を見ていなくとも…失うことは……

…それだけは、勘弁だぜ……


『古、鍛冶師峰水(かじし とうすい)は、神に献上する太刀、 そう、神剣を打っていた。 その師匠 円廉(えんれん)に次第に尊敬を超えた、想いに囚われるようになったのだ。 ある日― 太刀を打てなくなった峰水は、自らの想いを吐露した。
『…半人前の者が、何を言うかっ! 汚れたお前には、太刀を打つ資格はない!出て行けっ!』
一方的な、断ち切られた峰水の想い…… それは、『愛』が『憎しみ』に変貌するには、十分の動機だった。 ただひたすら、力と技を求め、ただ一振り、持ち出した水蛇に人血を吸わせ続けた… いつか、師匠に認めてもらえるまで、と…… しかし、その姿を鬼と恐れ、峰水は、肉親を殺された人々によって、惨殺された。 峰水の血をも吸った水蛇は、彼の想いだけを宿し、 魔剣と呼ばれるまでにその内に力を…想いを宿し続けた……』

「……それが、なんでここにあんのかは、わかんねぇらしいんだが……」
「……………………」
「力を求めるあまりか……この混沌の世界に来ちまったせいか…… アイツは、新しい力を得る事を覚えちまったらしい……」
「…新しい力……?」
「…ああ…『罪の力』だ」
「………………………っ!?」
…千人の妖怪を殺して得た力……その罪の重さ…… 思い当たるのは……
「…八戒……か………」
「間違いねぇ、だろーな……」
桃源郷に現れた水蛇は、八戒を呼び寄せていたのか?その罪の力を得るために……
「……行くぞ…」
「…へいへい………どうせ、止めたって行くんだろ?三蔵様よ……」
「……ふん…」
突き抜けるような痛みを耐え、三蔵は、ベッドの上に起き上がった。
その紫暗は、何を想うのか…… 見据える先に見ているモノは…………

「……………………!!」
窓の下、固定された視線。
「……?どうした?窓の外になんか……………っ!?…は…八戒!?」
悟浄が三蔵の肩越しに覗いた窓の外には、 途方に
「ええっと………三蔵…さん……ですね?」
卓を挟んだ向こう側の八戒は、姿のみの八戒… その内から、罪の色が、消えていた……
「…覚えて……ねぇ…?」
よかったと安堵した悟浄に投げかけられた言葉は、

『どうして、僕はこんな場所に?あなたは…僕を知っているんですか?』

…冗談みてぇなシチュエーションだな…… そう、悟浄が、投げやりになり、 しっかりしろよ!俺だよ!悟空だよっ! 立て続けに起こったアクシデントに対処しきれない悟空は、 困り果てた八戒の肩を揺すり続けた…
「……すまんが…八戒と二人にしてくれ……」
三蔵の頼みごと…… 察しての悟浄は、引き摺るように悟空を連れ、部屋を出て行った……
「……あの…………」
「……八戒」
「は、はいっ!」
猪八戒。 その名前さえ、記憶の中から消えうせていた。 そこにいるのは、人間の『猪悟能』 まだ、三蔵と出会う前の……男……
「…今の気分は?」
「……え?」
何を?と、疑問を投げかける、八戒…いや、悟能。 Marlboroの紫煙が、風に揺らぐ。
「…お前にとっちゃ……その方が、まっとうかも、しんねぇな……」
話があるのかと、身構えていた八戒は肩透かしを食らった気分だった。
このまま―― このままがいいのか?自問自答をしても、記憶の先は無い。 ただ、煙草を燻らす三蔵の横顔を見つめることしか出来ない。
「……三蔵…さん……何が、あったんですか?僕は……どうして……」
『三蔵さん』 その呼び方に嫌な吐き気を覚える…… 罪を知らない八戒……もう一度、あんな想いをするぐらいなら、 このまま、何もかも忘れて生きてゆくのが、幸せ、なんだろう… たぶん、八戒にとって……
このまま――― このまま、長安に、八戒を帰す……?
「……ダメ……だ……」
「……えっ?」
……拒否…… 三蔵の口から出た言葉は、現状維持の言葉でも無く、事情説明の言葉でも無く…… ただ、 拒否する言葉…… 八戒との別れを、拒否する、言葉……
「…お前は……すべてを……思い出さなきゃ、なんねぇんだよ…!」
「……思い…出す……?」
長くなったMarlboroの灰が、床に落ちる、
「あ、灰が…………」
三蔵の足元の灰を取り去ろうと、椅子から立ち上がる、 屈み込み、濡れふきんで、拭い去る…… そんな……八戒の動作が、ゆっくりと、三蔵の脳に映像を刻み続ける… 手を伸ばせは、触れる距離。 なのに、 ためらうのは…どうしてだ…?
「三蔵さん?どうしたんですか?どこか、火傷でもしましたか?」
……何を言っている?……俺がどうしたって?…俺は、何もしちゃいねぇ……
「でも……これは………」
ついと伸びた細い指が、三蔵の頬に触れる…… そして、自覚した、涙の存在を………
「……俺は……」
三蔵は、目の前にある、薄く開いた唇に……口付けをしていた…… 優しく……触れるだけの………
「………!?……三蔵…さ…ん…?」
「……『さん』は…いらねぇんだよ……八戒…っ!」
再び、合わせた唇を引き寄せ、貪り、蹂躙した……
「……ふッ!……ぁ……」 抱え込まれた頭を横に振りながら、逃れようとする八戒…
「……クッ!!」
更に、引き寄せる、腕の強さ…… 息苦しさに開いた唇の間から、舌を差し込み、咥内を嬲っていく… 二人の合わせ目から、流れ落ちる、透明な液体……
空っぽになった、八戒の中を埋めるように、 何度も向きを変え、口付ける……

……ああ……熱い………この人の熱を……僕は……知っている……?

三蔵の唇に答えるように…自ら三蔵の首筋に指を絡める… …その反応に、三蔵は、八戒を掻き抱く…! …流した涙が、八戒の頬も濡らしている…… 二人が、抱き合った時間は、ホンの一瞬だったのかもしれない… …ただ、何かを感じたのは、確かな事。 八戒の心の中の空洞を響いた、何かが……



「……それが……僕が犯した…罪、なんですね……」
夕食の後 悟浄と悟空の話にじっと聞き耳を立てていた八戒は、 それだけを言うと……両手で顔を覆い、長い溜息をついた…


……そして、僕はその罪を含めて、僕に戻らなければならない。 たぶん……三蔵さんの為にも…… あの口付けが……教えてくれた……!

先刻の、触れ合いを思い出し、三蔵へ視線を走らせる。 我関せずの風体で、コーヒーを飲んでいる男…


…僕とこの人の間に……何が、あったのだろう… 今は、それが……知りたい………!!


「水蛇の力を放出する…」
「それしか?」
「ああ……」
「罪に汚れた太刀に触れる事は、危険だが……八戒、お前は、ここにいろ」
「でも、三蔵さん!……あ、いえ、三蔵……」
『さん』 その言葉、に今だ、過剰な反応を示す三蔵に、呼びかけた言葉を訂正する…八戒、 そんな自分の反応に苦笑を漏らす、三蔵… 三蔵の苦笑を視界の隅で捕え、八戒へ視線を走らせる、悟浄、 妙な空気に首を傾げる、悟空…… 絡んだ糸が、4人の行方を塞ぐ。
目に見えない高い壁が、立ちはだかるかのごとく、見えない、先―
「俺が、水蛇を封印する」
「そ、そんなっ!?」
「相手は、恨み辛みの塊みてぇなヤツなんだぜ?……勝算は、あんのかよ…?」
「…知らん」
「知らないって……!?三蔵っ!!」
「……そんなに、キャンキャン吼えるな……」
「この超鬼畜生臭坊主は、殺したって死なねぇヤツだからな…ま、信じましょv」
「………おい…」
即座に額にあてがわれる、昇霊銃。
「………お、おまけに短気と、きていらっしゃる……っ!!」
三蔵は、ゆっくりと、八戒をみやる。 その翡翠の瞳の中に不安の色を感じ取りながら、まだ、迷う、自分を見ていた。 このまま… このままが、いいのではないのか?
……自分から、離れたほうが…… せめぎあっている想いに舌打ちしながら、
「……明日の夜、決行だ」




「眠れない、んですか?」
宿屋の裏手、小さな小川流れに、三蔵と八戒の姿が映る。
「いや……」
「……“僕も”寝付かれなくって……」
どっこいしょ、と、掛け声をかけて、三蔵の隣に腰を下ろす。
「…1本、下さい」
「……………?」
返事を聞く前に三蔵の袂から、Marlboroを取り出し、
「火、もらいますよ…?」
月の明かりに白く浮かぶ顔が、三蔵の眼前で瞳を閉じる… 触れた小さな火種が、一瞬、大きくなり、…すぐまた、元の大きさに戻る…… 八戒の薄い唇の隙間から零れる紫煙の行方を目で追いながら、
「……いいのか…?」
思わず、そう、聞いていた、三蔵。
「何が、ですか?」
右耳から流れてくる、変わらない声を飲み込みながら、その紫暗を閉じる…
「………良いわけ、ないです」
「……………………」
「ですよね?三蔵…」
「……………………」
「……僕は、もう………知りたくなってしまったんです… 僕とあなたの間にあったことを……全部……」
「……………………」
「…知りたいんです………あなたのことが……」
「…………八…戒…」
切なげに開かれた紫暗が、温もりを求めて………
八戒の胸に……抱かれた………

…自分の行動が、理解出来ない… 俺は、どうして、こんな…………?
…こんな女々しい真似を…… 背中に回された八戒の腕を心地よく感じる…… たとえようも無く、感じてしまう…… …愛しいと…… たとえ、自分との記憶が無くとも……この腕の温かさは、変わらない…

それだけに、その今ある、現実に、縋りたい。 三蔵の心から、迷いが、消えた―






「だぁ〜〜っ!!って、なんで、近づけねぇんだよ!!」
洞窟の奥から聞こえる、声……音……黒い霧。 しかし、その入り口には、水蛇自ら張ったのであろう結界が、張り巡らされていた。
「まるで僕らが来ることを知っていたみたいですね…」
「八戒………」
三蔵の口から、諦めの溜息が漏れる。
「…貴様、いつの間に…」
「……置いてけぼりは、ゴメンです…」
「…ったく……」
「…一緒に」
「…………勝手にしろ…」
青白く光る刀身を抱え、水蛇は何を想うのか。 昇華出来ない、想い抱えて、幾千年…
その想いが、始めは、どんな想いだったにせよ、 今は、その辛さを恨みに変化させ、牙を剥く。 辛さから、逃れるように、その身に己自身よりも、深い思念を取り込みながら… 絡みきった、毒は、すでに形を失い目の前にあるは、血を求める、邪刀。
「…聞こえ…る?」
ふいに八戒が、頭を抱える…
「どうした?」
「声が…………」 それは……声では、無かった、のかもしれない。 しかし、八戒には、わかったのだろう。 水蛇の血の叫びを。 もう、解放して、欲しい、と……

『あなたは、自分を見失わないで…』

「…花喃?」
水蛇に取り込まれたのは、八戒の忌まわしい記憶だけでは、無かった… 姉、花喃の想いも、自ら浴びた血の中に……

「……三蔵……聞こえますか…?…花喃が、呼んでいます……」
「おい、お前、記憶………」
水蛇の放つ光りに共に青白く染まりながら、顔を見合わせる。
「すべて、では、無いようですけど……花喃の声が、聞こえたんです… 彼女が、結界を……解きます…!」
その声が、終わるか、終わらないうちに、 鈍い音を立てながら、水蛇が振動し始める…… その様は、まるで、断末魔の叫びのように……
「……………!!今です!三蔵っ!!」
……玄奘三蔵法師の腕から、放たれた、魔天経文……
「魔戒天浄―――っっ!!」
一喝のもとに… 辺りは、閃光に包まれる… 水蛇の最後の声………

『……愛しい人…私の…すべて……ただ…欲しかった… この腕の中に……ああ………私の……愛しい人よ……この……腕……を……』

想いは 幾千年 想いは 刻を越える 愛しい人の温もりだけを 求め 求め 求め続け 血を流す。
流した血の涙が 流れとなるまで 恋焦がれ 私が あなたで いっぱいになる。
それが すべてで それが 唯一で ただ あなたが 恋・し・い…
…この胸を切り裂き 見せ付けたい……
あなたしか… 存在しないこと……を…





「……八戒…」
「…はい………」
「………………」
「まだ……眠っていなかったんですか?… 明日、早いと言ったのは、あなたですよ?」
「………………」
「…三蔵………?」
「………俺を……抱け……」
「……………………!?」
「…お前が……足りない…………」
「……三蔵………僕も……です……」


END