囚われの身





空が――――
空の蒼さが、高くなっていた。
(こんな空の下で、俺は………何、してんだ?)
三蔵は、煙草を咥えたまま、蒼空を見上げながら、ひとりごちていた。
「…三蔵?…コーヒー、入りましたよ?」
ティータイムにちょうどいい時刻、ほろ苦い香りの液体が、運ばれてくる…
「……いや、今は…いい……」
「そう……ですか……」
三蔵は、八戒を見もしないで、拒否、する。
(今は……俺を……見るな…!)
三蔵は、ただ、蒼空に向かって、叫んでいた。 視線を床に落とした八戒が、部屋の中へと、戻っていく…
(こんな会話を何度、繰り返したのか? …もう、3日……お前に…触れて……いない……)


………空の…
空の蒼ささえ、八戒には、憎らしく思えていた……
(ああやって、ここ数日、テラスで空ばかり、見ている…
僕を……その視界の中に、入れても…くれない……
どうして……三蔵……?…… トレイの上のコーヒーは、とうに冷めてしまった… これって……僕……ら……?)


「だから……いいと、言っている……!」
「何、訳のわからないことを言ってるんです!?」
「…ああ゛っ!もう、いい!寝るっ!」
「まだ、8時ですよ!!早すぎます……!!……ああ……三蔵法師様は、 お仕事でお疲れ…なんですね…?…僕みたいな下賎の者と話なんか、出来ないほどにねっ!」
(……あぁ…僕は、何を、言って、いるんだろう…?)
「…最近のあなたの考えていることは、さっぱりわかりません!! …ったく……いったい、僕の何が、気にいらないって言うんですかっ!? …どうせ、聞いたって答えてなんか、くれないんでしょうけどね? …口をきくのも、汚らわしい……?」
(…なん…で…?…こんなことに、なってるんだろ?)
自嘲に顔が歪むのを八戒は、感じていた… 何も言わない、三蔵が、とても……とても……哀しい…
八戒の胸は、キリキリした想いで、切り裂かれそうだった…
「…てめぇの言ってることのほうが、俺には、わからんがな…」
「…………なっ…!?」
…怒りに顔を紅く染めている八戒を……綺麗だと…そんなことを三蔵は、頭の隅で思っていた……
(……なにを、バカなことを………こんな、ときに…)
「…俺が、いつ、そんなことを言った?…てめぇの自虐は聞き飽きたんだよ…」
刹那――
八戒は、泣き出す、のかと思った…が、それはすぐ、怒りとなって三蔵に、向かっていった。
「…もう……いいです……」
肩が……小刻みに…震えている……八戒…
気づかないふりの、三蔵……
(……俺……は……)
「…おやすみなさい……僕が、いないほうが、よく、眠れるでしょう?」
……そして… そのまま、外へ通じる扉の向こうに、八戒の姿は、消えた……

『…ああ、そうですね。さすが、ですね?』
八戒が、出掛けた町で、話す様。 人懐こい顔で、熱心に聞き入っている。 なんにでも、興味を持って、あいつは…
俺と一緒にいることさえ、忘れているんじゃないか? そう、思うときさえ、ある…
『…今度、僕にも作り方を教えてくださいね?』
食事に入ったレストランで、 女シェフにデザートに運ばれてきた巨峰のムースの作り方を尋ねている…
俺には、どうでもいいことなんだが……
なんで、あいつは、ああなんだ? あんな……笑顔を……
あん……な…………くっ…!!
……勝手に、しやがれ……っ!
『どうしたんです?三蔵…今日は、また、特に、無口、ですね?』
(…………………切れた…)
『…先に……帰る……』


それは、4日前のことだった。 西へ旅が終わり、三蔵と八戒は、当然のごとく、一緒に住むようになった。 悟空は、今、旅に出ている。 修行の旅、だそうだ。 結局、旅の興奮が、ひと所に悟空を留めておくことが、出来なくなったのだろう。 悟浄は… あいも変わらずのナンパな生活を送っている… しかし、その中で、どうやら、恋人、と呼ばれる人を見つけたらしい… かつて、旅を共にしていた仲間は、それぞれ、前に進んでる、そう、三蔵は、思っていた。 それはもちろん、自分自身にも当てはまっている事だと。 「魔天経文」「聖天経文」を手に、自分のしなければならないことは、終わったのだと… やっと、息をする事が、出来る、のだと……
「…だったら…なんで、こんなに、苦しい……?」
…蒼空の下の、八戒の笑顔が……
「……痛てぇ……のは、なんで…だ…?」
……こんな、自分は、知らない……
と、 それでも、三蔵は、八戒の消えた扉をくぐった……


昼の空を支配していた太陽は、 夜の唯一の明かりである筈の月をも支配して、閉じ込めてしまったのか…
今は、森の木々の形さえ、おぼろげ……
まるで、それが、三蔵の心の中をうつしているようで…
「……胸くそ悪い、夜だぜ…」
立木の間をゆっくりと、歩く、足の下で、枯れた枝が、何度も悲鳴を上げる……
…どうして…?
……どうし……て?
「……あいつの顔を見りゃ……わかる、かもな……」
…いつ、月は、太陽に、解放、されたのだろう……
三蔵が、辿り着いた先、上弦の月が、照らす先、 秋桜が、咲いていた。 一面の桃色……
夜風が、八戒の服の裾を何度も、嬲っていた……
…風が、 秋桜が、 闇に溶けそうな八戒の後姿に絡み付いて、
…八戒を、犯そうと、していた…
中に侵入しようと、風が、秋桜の香りが、八戒の仰け反った首筋に、張り付いた……
目の前の扇情的な光景に、三蔵の足は、縫いとめられた…
「………行くな…っ!」
三蔵に喉から、発せられた言葉は、あまりに、細く、届かない、と、思った……
「……えっ…?」
自身の喉に両手の指を絡めたまま、八戒は、ゆっくり…と、振り向いた…
「……三蔵…」
薄い唇が、紡ぐその名前に、三蔵は、酔っていた…
自分が欲していたモノの、形が、見えた、気がした…
「………八戒」
そう、呼ぶ自分の声音が、濡れている事を感じる。
「……どうしたんですか?……眠れ、ませんでしたか?」
「……………八戒…」
もう一度、呼ぶ。
「……僕のことなら……」
ゆらり、
呪縛を解かれた三蔵の足が、八戒に向かって、進む。
「…八……戒…」
「……いや……だなぁ……僕の、安売り、しないで、くださいよ…」
濡れる、八戒の、声………
「……行く…な…」

お前は、俺を…わかってない……
どう…?
…俺も、わかってなかったがな……
ん?
…認めてやる…
何を、です?
……自分が『嫉妬深い』……って事だ……
……な、なんです?三蔵……
それだけ……俺が……お前に……本気……だってことだ……
…あ………
もう、あんな……笑顔は……やめろ……
それって……
……俺にだけ……笑い…かけろ………
……………………!?……はい……三蔵…………
………くそぉ………
…真っ赤、です……かわいい………
…………………!?……は、離せ………
…いや、です……仲直り、しましょう…
…あん?…
……僕だって…いろいろ……あるんですが……
な、何が…だっ!?
…ま、それは、追々………今は………
…お、おい!……八戒……!?
……シッ!…いい加減、黙ってください………
……八……戒……
…いただき、ます……



『恋』が、確かに、三蔵を変えていた。
空は、知っている、筈…


END




緋麻猫様へのプレゼントキリリクでございます。
『夫婦喧嘩そして..仲直り』 というリクでございました。 ..あうあう..夫婦喧嘩に、なってませんねぇ...
なんだか、三蔵のエゴ、で終始してしまったような... す、すみません..
どうか、お受け取り下さいませ... 今後も、当サイトをご贔屓..に..(笑)

管理人
MITSUKO