閉ざされた腕(かいな)




…纏いつくは、水の感触

…絡みつくは…無数の…腕……

いつから、自分は、ここに…こうして、居る、のか…


「トキ……トキ……手を……」
「…ライ…うん、離さない…!」

絡みつくは、ライの冷たい腕…
乾いた首筋を撫で上げる仕草は、僕の感覚を呼び戻す、切欠で……


「…トキ……僕を、見てる…?」
哀しげな声が、頭上から、降る…
無数の口付けと共に……
…ライの鼓動が…熱く、強く、伝わる、僕の肢体に…
それが、唯一のモノ、だったんだ……



「…どうですか?…トキの様子は……?」
「……以前と変化は、ありません……」

…誰かが、僕を見下ろしている……
……煩い……
聞きたくない…!…ライの声、以外は……!!


「おーい!早くしないと学校に遅れるぞ!」
…あれは……ライ……?
「待てよ……ったく……朝飯くらいゆっくり食べさせろっ、てんだっ!」
…僕…?…ライの後ろを…走ってる……
「…なぁ、今日の1時限目、英語だろ?訳、出来てる?
「…ダメだ…」
「んだよ…まだ、なんも言ってないじゃんか…」
「言わなくたってわかるよ。ライの事は…なんでも、わかるんだ……」
「…しなかったんじゃないよ…出来なかったんだよ…兄さんが……
昨夜……!」
「……昨夜……?」
…ああ…そうだ……あの夜は……ライがあんまりかわいい声を出すから…何度も…
「……トキの…エッチ……」
「…ふぅん…そりゃ、ライのせいだろ…?…あんな顔、されたら……誰だって……」
「……………………!?」
…ライは……言葉の愛撫が苦手だった…
僕は……僕の言葉にその白い頬を染めていく様を見るのが好きで……いつも……いつも……


「…トキくん!……トキくん!」
……ああ……まただ……煩い…!
僕は、まだ、ライといたいんだ!

「…ライ…?何処だい?…冗談はやめろよ…!出て来いったら!」
……ライが……いない……
ねぇ…ライがいないんだ……どうしたんだろうね?



「…トキくんとライくんは…二人きりの兄弟だったんですね…」
「…ええ……双子でした……明るい茶色の髪をしたトキくんと…少し…銀色かがった髪をしていた
…ライくん……私は…まだ、信じられません……!」
「……あなたが、そんな気弱な事言って、どうするんです?今は……あなたしかいないんですよ…」
彼岸へ行こうとしているトキくんを呼び戻すことを……出来るのは……」

……羽音…?

…耳元に流れ込むのは…誰の声だ…?

磯城 梳(トキ)、明稜学園2年…そして、梳の双子の弟、磯城 藜(ライ)…互いに肉親の記憶は無い。
この世に生を受けて、17年…互いを唯一の肉親だと把握したのは…3年前……
…両親の血、なのだろうか。色素の薄い容姿の二人は、幼い頃からの「いじめ」の対象だった。
…愛されることをあきらめ…愛することを忘れて生きてきた…魂の半身…

「…君が、僕の…お兄さん…?」
「…ああ……初めまして…藜…」
……あれが……一目で「恋」に落ちた瞬間だった…

…ライなら…僕を…抱きとめてくれる…

……トキなら、僕を…愛してくれる…

理屈じゃない、身体中で…魂全部で…そう、告げていた……



「…じゃあ、僕は、トキにとって必要ないっていうの?」
…どうして、そんな会話になったのか…記憶の糸が、途切れている…
ただ…翡翠の瞳に透明な液体をたたえて、僕を見下ろしていた、ライの顔だけが…記憶にある…それからは…ナニをどうやって……僕は、ココにいるのか…わからない……


「…ライ!…ライっ!返事をしてくれよ―っ!!」


「トキ……」
白い病室に横たわる梳を見つめる二つの瞳…それは、彼岸の入り口に立ってしまった愛しい人を見守る瞳…
「……帰って来いよ…まだ、そっちへ行っちゃダメだ……」
繰り返し名を呼ぶ声は、色とりどりのチューブに囲まれた、
梳の耳元を通り抜けるだけだった…青白くなった瞼は、閉ざされた翡翠の瞳の色を隠し続け……再び声を掛けようとした刹那……

「……ライ…?」
開かれた梳の瞳には、すでに、ナニモノをも映さぬ、硝子球になっていた…


ただ、ひたすら、藜の後姿を追いながら…



END