その指だけが知っている〜裕壱side





――アイツ……

また、笑ってやがる…ったく……子犬みてぇなヤツ……

そう、

俺が、アイツに惚れた理由

『笑顔』

たった一度、見ただけの…アイツの笑顔、なんだ……



「架月!先生が、呼んでたぞ!」

「ああ、わかった」



俺、架月裕壱。緑陽高校3年。対外的には、優等生で通っている。その俺が、何故か、こんなことをしてしまっている……

3年生の廊下を降りて、職員室へ向かう途中、俺は、遠回りをして、一級下、藤井渉のいる教室の前を通る…友達とふざけあっている声が―――

――聞こえる……



「…で、真相は、どうなんだよ!?お前と架月の関係ってさっ!」

「…なっ!?…か、関係って…んだよっ!?な、何にもある筈…無い…」

「あれぇ……?なんだか、煮え切らねぇ態度…」

「…とにかく!俺が、アイツに嫌われてるって事だけは、確かだよ!」



…………えっ……!?




この前、偶然…

水飲み場で、アイツと言葉を交わした……

どうしていいか、わからなくて……尖った言葉を投げ付けて……逃げた…

指輪……アイツの……渉の指輪………

久しぶりに間近で見た、からか……?



『……ッ………ハァ………』

……なんで、アイツだったんだ……ったく……驚いた…………バレるトコだった………?アレ……ゆるい……指輪…………えっ……?もしかして……

―――間違えた――――?

『……何やってんだ?…俺………らしくねぇ……』



…右手に乗った渉の指輪を俺は……ギュッと……胸に……抱きしめた……



「おい、お前………俺の指輪、返せよ」

「へっ…?」

……なんのことだ?と、言わんばかりに大きな瞳を俺に向けて……

…ヤバイよ……そんな顔、向けるな……



すべては、偶然だったんだ

俺が、アイツの指輪を拾ったのも……

お前が、あの指輪の持ち主だったって事も……



…今年の春

込み合っていた3年のトイレを避けて、3階を降りた。階下の手洗い場に銀色の指輪が、置き忘れられていた。

誰の物かもわからないんだ、知らないふりも出来た。それに、置き忘れた本人が気づいて、取りに来るかも知れない。

だけど、俺は、そうはしなかった。その、傷だらけの銀の指輪を俺は手の中に握り締めていたんだ…自分でも気づかないうちに……

制服の胸ポケットの中の固い感触。それが、なんだか、少しずつ……愛しい……なんて、思い始めて…持ち主は誰なんだろうって、考え始めた……全校生徒は約1200人、その内、男子生徒は、ほぼ700人……同学年の誰かか?それとも下級生?…この指輪の行方を捜しているのだろうか…それとも、もう諦めてしまったのか……

「……はぁ……最近、指輪のことばかり、考えている気がする…」



偶然、

また、偶然だ……

生徒会室で、文化祭のスナップ写真の中に、アイツを見つけた…

(正確には、指輪を、だが…)

俺をこんなにも悩まさせてくれたお礼に持ち主が、そいつかどうか確かめて……問い詰めてやるつもり、だったんだ……

なのに……

アイツは、笑ったんだ…

机の上の銀の指輪を見つめて……すっげぇキレイに……

俺は、その一瞬で「藤井渉」に恋した……なんで、男に?って、何度も自問自答したさ……だけど、忘れられなかったんだ………あん時のあいつの笑顔が……いつまで経っても…消えない…

渉の笑顔……

「…痛い……なぁ、ここ……」

空っぽになった胸ポケットが、哀しいくらい、痛かった……



だから、指輪をコピーした。あいつと同じ、デザインの『銀の指輪』それだけで、あったかい感覚が、戻ってきた…感じがしたんだ……あの時も……同じ場所が痛くなって…どうしていいか、わからなかった…



「おまえもうすぐ誕生日なんだろ?ありがたく受け取れよな」

…お前が……俺に?……誕生日プレゼント……?…ンな訳、無かったのに…

渉が抱えていた無駄にかわいいラッピングの箱が、まさか、俺へのプレゼントだ、なんて…あん時は、マジで……ビックリした…だけど…どうしていいか、わかんなかった……でも、そんなのは、俺の勝手な思い込みで、渉が俺の為に…なんて、あるはずが無くて……

だから……

キス……してやろうって……そしたら、答え、みたいなのが、わかるかなって…

なのに……アイツ……!あんな顔されたら…期待してしまう……もしかしたらって……そんな事、ある筈、ないんだ……絶対………!

俺の声に…

『渉』って、呼ぶ声に、顔を赤くして…俯いて……

俺の心臓の音が……聞こえちまったのかと思った………俺を受け入れてくれたのかって……勝手に心だけが、暴走しちまう…!

……ダメ、なのに…そんなのは………気づいたら、乱暴に、突っ返していた。いつもは、いい子ちゃんで、笑顔で、受け取っていたのに…



「持ってきたのが、お前だからだ」

俺の言葉は、いつもお前を傷つける……

渉……渉………こんなに…好き………なのに………




次の朝の目覚めは、最悪……やっぱり、優等生は捨てられなくて…プレゼントの贈り主に謝罪に行った。渉にそっくりな妹が、無理やり渉にプレゼントを渡してくれるよう頼んだということを聞いた。本当の贈り主には、好きな人がいるから…付き合えないと、断った…それで、うまくいくはず、だったんだ……なのに、それが、あんな事になるなんて………

渉のヤツ!何、考えてんだっ!?



「俺がいつどこでおまえの妹とデキたのか…なぁ…」

噂は、いつも俺の予想を超えた結果になる。それが、どんなに知られたくない事でも…噂が、俺を絡め取る……

なぁ、渉…お前の本当の気持ち、教えてくれよ?なんで、そんな噂、流してんのか……ホントにお前が、流してんのか?…俺の本命が、お前の妹だ、って……なのに…逆ギレしたあげくに、指輪を処分……?無理やり開かせた右手にはやっぱり、指輪は無くて……

……終わった……

って、正直思った……やっぱり無理だったんだって。だったら、自分で幕引きもいいんじゃないかって……問い詰める俺に渉は信じられない言葉ばかり、言っている。

『架月の本当の心を知ってしまったから…』

俺の本当の気持ち?…俺は、渉が好きなんだ。



『おまえは俺を見ていないから…』

俺がお前を見ていない?…見てきたじゃないか…今だって、こんなに近くで、お前を見ている…



…バカ……だよ…やっぱ、お前は……



……初めて触れた渉の唇の感触に……



俺は、眩暈がした…

もっと、深く繋がりたくて、肩を引き寄せた途端……お前の視線が……俺を拒絶したように……見えた……

…売り言葉に買い言葉だ……あんな、言い合い……

何処にも本当なんて、存在しない…張ったりの……喧嘩……



「ラブシーンの続き、妹とするなんてさ」

…本気、じゃないよ…判れよ…それくらい…

殴られた頬が、焼けるみたいに、痛かった……



「――架月、おまえとは絶交する……待たない、さよなら、架月!」

…なんでかな?

どうして、こんな事になって……さ…

今更、かな…

ちゃんと、マジに言ってりゃよかった……

だけど、渉の前だと、どうしていいか、わからなくなる…

自分で自分が、抑えられない…

息苦しくて……

熱くて………

…渉の吐息に…自制心が、限界、だった……

流れる気持ちを止められなくて…

交わした強引な…キス……

薄く開いた唇から、差し込んだ舌を渉の熱さが、絡んでくれたのに…

預けられた渉の体重が…息も出来ないくらい、切なくて……

だから……

もっと、深く……

もっと、熱くなりたくて………



「……渉……渉………俺、どうしたらいい………!」

……忘れらんないよ………お前の事を………っ!



…渉……お前を……抱きたい…………



…どんなに考えたって、結果は、もう出ているのに……




「藤井くんが、あなたの家に向かったわ」

唐突に、瞳子さんからそう、電話をもらった。

…渉が…?

とうとう……殴りこみか?

フッ…

かもな……あんな事、言ったんだ……

普通の男なら、切れるな……

ともかく……待ってみよう……



1分が1時間にも感じられた時間…

渉を待つ、時間。

…渉は、どっちから来るんだろう…

渉は…どんな顔で来る、んだろう……

どんな顔で……逢えばいい……?



薄紫色の紫陽花の香りが、鼻腔に流れ込む…

少し、深呼吸してみる…

ヤバイ…な……ドキドキしてる……

こんな顔……渉には、見せらんない……

公園の向こう……誰か……走ってる……




………………!?……渉………っ!

…ホントに…来た……



「ドコ行くんだよ、俺ん家は、こっち……」

「―――架月」

俺を

真っ直ぐ見る渉の瞳が……

―――わかった………

千の言葉を

このキスひとつですべて埋めてしまおう

もう、俺達には、

言葉なんか、いらない

そう、だろう……?

なぁ………渉………?



END